古賀稔彦氏の死因はがん 所属エージェントが発表

 92年バルセロナ五輪柔道男子71キロ級金メダリストの古賀稔彦さんが24日朝、神奈川県川崎市内の自宅で亡くなった。53歳だった。死因はがんだったことを、所属の日本スポーツエージェントが発表した。

 また、講道学舎で会長を務めていた中山美恵子さんが取材に応じ、昨年9月28日に会った際にがんだと聞いたという。「たぶん初めて外に漏らした時だったと思うんです。お母さんにもお兄さんにも言っていなかったそうですから」と振り返り、悲しみの対面には「道場できれいな顔をして眠っていました」と語った。

 古賀さんは67年、佐賀県三養基郡生まれ。小1で柔道を始め、中1で上京し柔道私塾講道学舎に入門した。世田谷区立弦巻中、世田谷学園高、日体大に進み、各世代でタイトルを獲得した。

 豪快な一本背追いを武器に、「平成の三四郎」の異名を取った。90年には全日本柔道選手権に出場。体重無差別の大会にもかかわらず、重い相手に勝利を重ね、決勝進出を果たした。決勝では当時の世界王者の小川直也に敗れたが、準優勝に輝いた。

 五輪は88年ソウル五輪は3回戦敗退、92年バルセロナ五輪は71キロ級で金メダル。96年アトランタ五輪は78キロ級で銀メダル。世界選手権は89、91、95年と3度の金メダルを獲得した。

 00年に現役引退したあとは指導者に転身。女子チームのコーチも務めた。03年には神奈川県川崎市に「古賀塾」を開き、町道場として、地域の子供たちを指導。07年からは環太平洋大学の総監督に就任した。

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