引退時温かくねぎらってくれた黒田さん

 今年もヤクルト・石川、西武・栗山、ソフトバンク・中村ら多くの選手が現役を引退しました。お疲れさまでしたと言葉をかけたいと思います。

 私が現役を引退したのは38歳だった2014年でした。35歳を過ぎた頃から「そろそろ引き際かな」と、ずっと葛藤していました。右肩の不調や体の衰えから思うような球が投げられなくなり、2軍でも結果が出ない日々が続いていたからです。

 過去に打たれたこともないような打者に、右翼に本塁打を打たれることもありました。カープの大先輩、大野さんが巨人・高橋由伸の本塁打で引退を決断したという話は有名です。私は「名もない選手にまで打たれるようになったら、もう引退」と、自分の限界を感じていました。

 その頃の2軍は一岡や今村ら若手が頭角を現し始めていました。チームが右肩上がりに強くなっていく一方で、自分は右肩下がり。今後のチームを担う若い選手のチャンスを奪ってまで、現役にしがみつくべきではないという思いが強くなっていきました。

 私から鈴木球団本部長に電話をかけ、引退の意向を伝えました。妻には事前に一切相談していませんでした。家で引退を告げた時は「えっ!」と本気で驚かれました。引退を決めた瞬間は、来年からの生活に対する不安が2割ほどありましたが、それ以上に「これで重荷を下ろせる」というホッとした気持ちが8割を占めていました。

 引退を決めて真っ先に連絡をしたのは、米国にいた黒田さんでした。LINEで「今シーズンでやめようと思います」と、感謝とともに報告すると、黒田さんは私の決断を受け止め、「そうか、分かった」と温かくねぎらっていただきました。

 プロ野球人生の大きな道標であり続けたのが、黒田さんでした。忘れもしないのが30代前半の頃。登板数が伸びず、「自分もそろそろ戦力外になるのでは」と半ばあきらめかけていた時期がありました。

 そんな時、黒田さんが「ここを踏ん張らないと、チームとしてもおまえとしても終わってしまう。ひと踏ん張りできるかが、チームにとって大きいんだ。これ以上できませんというくらい一度、必死でやってみろ」と、熱い言葉で励ましてくれました。

 その一言で腹をくくりました。死に物狂いで練習し、自分と向き合った結果、再び1軍で投げられるようになりました。現役生活は20年。支えとなっていたのは、紛れもなく黒田さんという存在でした。

 同期入団の高橋建さんは当時「子連れルーキー」でした。建さんの長女が、私が引退する頃には20歳になっていたのを見たとき、「20年って、こんなに長いんだな」としみじみ実感しました。辛い時期もありましたが、黒田さんをはじめとする最高の先輩や仲間、そしてファンに恵まれ、良い野球人生を送ることができたと心から感謝しています。(本紙評論家)

 ◇横山竜士(よこやま・りゅうじ)1976年6月11日生まれ、50歳。福井県勝山市出身。現役時代は右投げ右打ちの投手。178センチ、80キロ。福井商時代は甲子園出場はなかったが、1年秋からエースとして活躍。94年度ドラフト5位で広島に入団。97年に中継ぎながらプロ初勝利を含む10勝を挙げる。先発、中継ぎ、抑えと幅広く活躍し、プロ20年目の2014年に現役引退。通算成績は507試合に登板、46勝44敗17セーブ110ホールド、防御率3・42。20年から昨季まで広島で投手コーチを務めた。

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