侍ジャパン・坂本誠志郎 兄・剣志郎さんが明かす素顔 報徳学園で知った「上には上がいる」成長のきっかけ
第6回WBCで2度目の連覇を目指す侍ジャパンは、決戦の地・マイアミに乗り込んだ。代表に名を連ねた選手たちの原点、素顔に迫る「侍外伝」の第7回は阪神の坂本誠志郎捕手(32)だ。1次リーグ2戦目の韓国戦(東京ド)で先発マスクをかぶり、日本代表でも優れた野球脳が評価されている。小学生から捕手を任されていたが、バッテリーを組んでいたのが2歳上の兄・剣志郎さん。家族だから知る、誠志郎の素顔を明かした。
剣志郎さんには忘れられない試合がある。小学6年時に兵庫県大会の試合で、無死満塁からマウンドを託された。マスクをかぶっていたのは小4の誠志郎。見事に3者連続三振に抑え、新聞社から取材も受けた。中継ぎとして、これ以上ない投球だったが、誠志郎からこんな言葉をかけられた。
「俺のおかげや。俺のスローボールと真っすぐの配球のおかげ」
剣志郎さんは当時のことを思い出し「配球は関係ないですよ。僕の力やと思いますね」と懐かしそうに笑った。でも、当時から誠志郎は女房役としての力を発揮していた。変化球が使えない少年野球だが、スローボールやコース要求のサインを考案。小学生ながら、本格的なリードで投手を導いていた。
幼少期から野球漬けの日々。家でも父と3人で野球中継にくぎ付けだった。転機は誠志郎が中学生の頃。剣志郎さんは兵庫県の名門・報徳学園の野球部に進んだ。弟は、少年時代からバッテリーを組んでいた兄の活躍を願ったが、上には上がいるという現実も聞いた。
「田舎から高校で都会に出て、一応強豪校でやっていたので、厳しさとか体験は伝えました。親も言ってたんですけど、それを伝えてから“今のままじゃあかんな”というふうになったというのは聞きました。僕が挑戦をして、経験を伝えられたのは良かったかもしれないですね」
その後、誠志郎は履正社、明大とエリート街道を歩む。そして、地元球団の阪神で正捕手をつかみ、WBCで日の丸を背負うまでになった。「まさか日本代表になるとは思ってなかった。兄弟としては緊張の方が大きいですね」。宮崎での事前合宿にも足を運び、弟の姿を目に焼きつけた。
誠志郎は捕手としてだけではなく、人柄でも高い評価を受けている。家族間ではどうなのか。「結構ね、家族の中では適当っすよ」。剣志郎さんは笑い飛ばした。「連絡も急に来て、『帰るわ』とか。全然、連絡が返ってこないとか。そういう性格と分かってるんで、みんな伝えたいことは早め早めに伝えるようになってますね」。ユニホーム姿の誠志郎からは想像できない一面。もちろん節目節目では連絡を取り合うが、心を許し合う関係だからこそのエピソードだった。
世界一取って
今も昔も2人の関係性は大きく変わらない。「昔は僕が上やったんですけど、それがちょっと逆転したかな」と、しっかり者の誠志郎を頼りにしている。マイアミでの観戦は予定が合わずに断念。日本から弟の活躍を願っている。「試合に出ても出なくても、日の丸を背負っている。自分ができることを最大限に発揮して、世界一を取ってほしい」。誠志郎に託した剣志郎さんの夢。誠志郎も強い味方がいるから戦うことができる。
