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【85】高校野球の恩人 殿堂入り・郷司裕元審判員が残した遵法精神の貴さ

 「日本高野連理事・田名部和裕 高校野球半世『記』」

 戦後の高校野球復活に力を注がれた佐伯達夫さんは、荒廃した日本の復興には、高校野球を通じて遵法精神を説き、「審判の判定は最終」と生涯諭された。

 その佐伯さんが信頼した審判委員のお一人が郷司裕さん(明治大先輩)だ。

 郷司さんは、1964年、第46回選手権大会大会から全国大会の審判委員として甲子園のグラウンドに立たれた。現役審判として20年、その後も審判幹事、副委員長、技術顧問など、実に37年間にも及んでご指導いただいた。

 正確な判定はもとより、毅然とした姿勢と実に穏やかで、後輩だけでなく先輩からも慕われるお人柄でした。

 その郷司さんが、本年度の野球殿堂特別表彰を受賞され、5月27日、神宮球場で早慶戦の前に表彰された。

 2006年に74歳で他界されて、すでに11年になるが、この郷司さんの受賞を喜んでいる関係者が沢山おられる。

 その内のお一人、郷司さんと共に審判委員を務めた永野元玄さん(慶大先輩)に思い出を伺った。ある地方の審判講習会で、参観に来た甲子園常連の監督たちからボークの判定について、ここまでならどうか、これはダメか、などと繰り返し質問があった。郷司さんは「何のために聞くのか、ルールは一つ、規則書に書いてある通りです」と一喝された。

 また「高校野球審判員の原点は、校庭の片隅でそっと着替えて、試合が終わったら汗をぬぐってまたそっと帰る。その精神が大事です」と話されたとか、正しく郷司さんの真骨頂を伝えるエピソードでしょう。

 日本高野連では、87年に審判委員永年功労表彰制度を設けることになった。

 その記念ブロンズ像は大会優勝メダルを制作された彫刻家の田村務先生が担当、モデルは郷司さんにお願いした。テーマは本塁上のクロスプレー。

 郷司さんは、マスクを左胸に抱え、深く息を吸い込んで視線をグッと定め、一瞬の静寂の後、右手がさっと伸びた。「セーフ」。

 長躯生還を目指して滑り込んできた走者に捕手の懸命のタッグプレー。郷司さんは心の中で「野手もよく守った。走者も頑張った、よし!セーフだ」と渾身のコール。以後、このブロンズ像を通して郷司さんが大切にされた高校野球の心が連綿と受け継がれている。

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