「江夏の21球」もう一人の主役 古葉氏が江夏に託しつかんだ球団初の日本一

 広島や大洋で監督を務めた古葉竹識さんが12日に亡くなっていたことが明らかになった。85歳だった。リーグ優勝4度。日本一3度。強いカープの礎を築いた人だった。

 古葉氏の名場面としてプロ野球ファンの間で語り継がれるのが「江夏の21球」だ。

 1979年11月4日、近鉄と広島の日本シリーズ第7戦(大阪)。七回途中から登板した広島・江夏は4-3で九回を迎えたが、先頭の羽田は初球を中前打。代走・藤瀬に盗塁と悪送球で三塁に進まれ、アーノルドは四球(この回6球)。代走・吹石にも二盗を決められ、平野は途中から敬遠(同11球)した。

 当時の古葉監督はブルペンで救援投手を準備させる一方、「すべてをユタカ(江夏)に任せよう」と託した。無死満塁で代打・佐々木は空振り三振(同17球)。続く石渡は2球目にスクイズを仕掛けてきたが、カーブの握りのままウエストし藤瀬をタッチアウト。石渡は空振り三振に仕留め、21球で絶体絶命のピンチを乗り切った。

 ドキュメンタリーなどでさまざまな分析や回想がなされた名場面。江夏は試合後、「俺の役目は終わった」と語った。修羅場を切り抜けつかんだ球団創設30年目で初となる日本一の称号だった。

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