中日ドラ2・柴崎聖人 高代延博さんのお棺の前で一人号泣した夜 ショック乗り越えて約束実現 「ええ選手になるで」恩師の期待を背負ってプロの舞台へ
「プロ野球ドラフト会議 supported by リポビタンD」が22日に都内のホテルで行われ、王子の柴崎聖人外野手が中日から2位指名を受けた。
大経大時代の監督で、2025年12月に亡くなった高代延博さん(元中日、阪神コーチなど)との“約束”を果たしてプロ入りを実現。走攻守がそろった左打ちの外野手は、恩師も活躍した舞台でプレーでも活躍を目指す。
柴崎は大経大4年だった2024年のドラフト会議で指名漏れを経験している。大きなショックを受けている柴崎に、高代さんは声をかけたという。
「(社会人野球に)行ったら行ったで、いいことがあるし、自分のためになる。おまえなら辛抱して頑張ったらドラフトでかかるから」
高代さんも智弁学園、法大、東芝を経て1978年ドラフト1位で日本ハムに入団。自身の経験を踏まえたアドバイスだった。
柴崎は大学卒業後に王子へ進み、入社1年目の2025年から外野のレギュラーを獲得。ドラフト上位候補に挙げられるほど成長を遂げていった。高代さんも柴崎のことは常に気に掛けており、「あいつにはいろいろと教えたし、楽しみにしとるんよ。ええ選手になるで」と、“約束”を実現した柴崎がプロの舞台でプレーする姿を心待ちにしていた。
しかし、高代さんは2025年12月に食道胃接合部がんのため亡くなった。この時も柴崎は大きなショックを受けている。
高代さんの長女・千夏さんによると、2025年11月に柴崎から「高代さんのお見舞いに行きたい」と依頼があったという。
しかし、病状が悪化していた高代さんが「弱っている姿を見せるのはなぁ…。動揺してプレーに差し支えがあったらあかんから」と面会を断ってしまった。
その後、高代さんは病状が回復することなく1カ月後に亡くなってしまう。2人は顔を合わせることがないまま別れを迎えた。
高代さんの通夜の日。柴崎は王子が拠点を置く愛知県春日井市で練習を終えると、車で大阪の会場まで駆けつけた。到着したのは午後10時30分頃。最後の参列者だった。
柴崎は到着した時点で目が真っ赤だったという。涙をこらえていたが、お棺の前に立つと泣き崩れた。千夏さんや高代さんの孫ら遺族がもらい泣きするほどの号泣だったという。
千夏さんは11月に面会が実現しなかったことを謝罪し、高代さんの思いを伝えると目を真っ赤にしたまま憔悴(しょうすい)した姿でうなずいていたという。約30分間の別れを終えると、柴崎はとんぼ返りで愛知へ帰った。
その後、柴崎は社会人2年目の2026年もアジア大会で日本代表に選ばれるなど、結果を残してプロ入りを果たした。くしくも指名されたのは、高代さんがコーチを務めた中日だった。恩師も活躍したフィールドで、柴崎は次なる恩返しへと歩みを進める。(デイリースポーツ・西岡 誠)
