「最低打率の本塁打王」と「本塁打0の首位打者」が同居していた球団は?【プロ野球記録企画】
デイリースポーツの記録担当がプロ野球のさまざまな記録をひもとく新企画「記録の向こう側」(随時掲載)がスタート。今回は「最低打率の本塁打王」と「本塁打0の首位打者」が同居していた球団を取り上げる。
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1987年の広島は、ジョンソンとランスの外国人野手2人を獲得した。前年はセ・リーグ優勝こそ果たしたものの、長年チームをけん引してきた山本浩二が引退。打線の強化は喫緊の課題だった。
左打者のランスは長身を生かしたフルスイングで本塁打を量産した。6月9日の大洋(現DeNA)戦から16日のヤクルト戦まで記録した6試合連続本塁打は球団最長タイ。来日1年目にして39本塁打でキングに輝いた。衣類用防虫剤のCMに引っかけて「ランスにゴン」とファンに愛された。
ところが、三振114はセ・リーグ最多で、打率・218は規定打席到達33選手中最下位。年間88安打のうち、半数近くがホームランだった。
チームメートの正田耕三は、徹底した猛練習でスイッチヒッターとして頭角を現してきた。この年は8月以外全ての月で3割をクリアする安定感を披露する。篠塚利夫と並び首位打者となった。打率・333は、最下位に沈んだ阪神の勝率・331を上回った。本塁打は1本もなく、同僚のランスとは正反対の堅実さだった。
鮮やかなまでに対照的な2人を擁した広島だったが、チームは優勝した巨人から11・5差引き離されて3位に終わった。(デイリースポーツ・高野勲)
答え 1987年広島
