DeNA・藤田 夜通し涙したトレード決定の日 「必ず活躍してやる」反骨心で突き進んだ19年間の現役生活
ひたむきに進んできた19年間の答えがあり、続きがある。DeNA・藤田一也内野手が涙をこぼしながら感謝の思いを言葉に込めると、ナインも目を真っ赤に充血。そして、支えてくれた家族、子どもたちへ。「いつも『パパ頑張ってね』と送り出してくれてありがとう。その言葉でパパは今日まで頑張れたよ」-。スタンドも泣いた。
九回1死一、三塁。出番は来た。待ち焦がれた「遊撃」という居場所へ、大声援が背中を押した。守備機会こそなかったが、目指し続けた場所から見える景色はとても美しかった。その裏に巡ってきた打席では右飛。スタンドに手を挙げ、仲間が迎えてくれるベンチへ。涙は自然と頰を伝った。
悔しさから始まったプロ野球生活だ。2軍で成績を出しながらも、はね返される1軍の壁。「守備固め、打席が回ってきたら代打を出されてね…」。がむしゃらだった若手時代は昨日のように懐かしんだ。「球場に来る時にこのスタジアムのナイターが一番最初に見えてくるんですよね。今日も行くんかぁ、とか、帰りてぇなみたいなのはあったっすよ」。投げ出したくなる日も、一度や二度じゃなかった。
そんな中で、12年途中にトレードで楽天に移籍。決まった日は仲間と夜通し泣き、「必ず活躍してやる」と奮い立った。そこからは先輩・村田修一(現ロッテ打撃コーチ)から当時言われ続けた「試合に出てナンボやぞ」の言葉を道しるべに、日本一戦士にまで成長。反骨心でかなえた最高の景色を見た。
そして今、「入団した時の夢だったベイスターズで優勝するチャンスをもらった」と下克上へ、最後の力を振り絞る。「最高の仲間」と呼ぶ後輩たちと笑い、泣いて、共にたどり着きたいゴールがある。満員のファンに見守られながら、23度宙に舞う。「横浜DeNAベイスターズのユニホームを着て引退できる。こんなに幸せなことはありません」。横浜でスタートしたプロ野球人生。最後も始まりの場所で完結させる。



