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野村克則氏 最後にかわした言葉は「頑張れよ」両親は「いいコンビだった」【一問一答】

 プロ野球の南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村克也氏が11日、午前3時30分に死去した。84歳だった。死因は「虚血性心不全」だった。

 息子の克則氏(現、楽天作戦コーチ)はキャンプ地から戻り、都内の自宅前で対応。死因は野村氏の妻、沙知代さんと同じ「虚血性心不全」だったと明かした。

 克則氏の一問一答は以下の通り。

 (突然の訃報に)

 「ちょっと、急すぎて、実感もなくて受け入れられないところはありますけど。父が残してくれたものはすごい財産なので、今後はなんらかの形で野球にいかしていければ、今は実感がないのでね」

 -連絡はいつ

 「(午前)2時過ぎぐらいですかね。ちょっと、様子がおかしいということで、救急車で運ばれまして、その後病院の方で懸命に治療していただいたんですけど、死亡が確認されたのは、3時半ですね。死因のほうは虚血性心不全、おふくろといっしょだと。なんとか望みがあるのかなと思って、ずっと連絡を待ってたんですけど、その報告を病院からもらって」

 -亡くなられて対面はされたか

 「そうですね。対面させていただきました。僕がキャンプに行く前は元気な姿で」

 -一番の思い出は

 「なかなか経験できないことだと思うんですけど、やっぱり、親子で一緒にできたことは一番の思い出ですよね」

 -どんな存在

 「一言で言えば偉大な存在でその息子であったことは本当に誇りに思います。選手の時もそうですし、コーチでやってきたこともそうですし、全てが思い出。全てが自分にとって財産だと思ってます」

 -両親の存在

 「僕にとってはやっぱり、本当に生んでくれた母親と育ててくれた父親でしかないですし、ただそこにあの、おふくろもそういう芸能活動的なことをして、父親がプロ野球関係者というところで、自分にとってはごくごく普通の母親と父親で少し環境が人と違うのかなというところだけじゃなかったのかなと。僕が言うのも何ですけど、いいコンビというか、いい夫婦というかこれ以上ないコンビなんじゃないかなと思います」

 -お父さまに伝えたいことがあるとしたら

 「僕自身がこうやって野球界でやっていけるのは父親のおかげなので、感謝の気持ちでしかないですし、その気持ちはずっと忘れないでやっていきたいとその言葉を伝えたいなと思います」

 -最後の会話は

 「キャンプに行く前にきて、本当に一言『頑張れ』という言葉をかけてもらって。今年から1軍のほうでやらせてもらえるということで、『厳しい戦いになるな』という話をしながら、それが最後でした」

 -どんな表情でしたか

 「柔らかい表情でした。(沙知代さんが)亡くなったときは本当にもうかなり、気持ち的にも落ち込んでいて、なかなか生活のリズムというか気持ちは前に向かないこともありましたけど、やはり野球があったことで仕事をしながら、時にはやっぱり、思いだすとさみしいなと言ってましたけど、今は2人でいるんじゃないかなと」

 -最後はどういう状況

 「僕もちょっと、帰ってきたばかりで、詳しい状況は分からない。とにかく見つかった時にはちょっと、意識もない状態で」

 -最近の様子は

 「1月の末にヤクルトのOB会に出席していい表情をしてました、あいさつもしっかりして、本当に普通に生活をしている感じなので、本当にびっくりというか。本当に突然という感じで、普段の生活も元気にしてました」

 -今も心に残っている言葉は

 「野球は心なんだよと、野球界で生きてくのは大変だと、いつも言われていて。自分自身の評価は自分がするんだぞと言われていた」

 -お父様の大切にしていた形見とかは

 「形見は直接もっていたわけではないですけど、お袋の写真がいっぱい飾られた中で生活をしていたので、そこはもうこちらもさみしくないように写真を置いて生活をしてました」

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