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福浦に打者転向勧めた24年前 当時の2軍監督・醍醐氏「まさかここまでの打者に…」

 「ロッテ3-5西武」(ZOZOマリンスタジアム)

 ロッテの福浦和也内野手(42)がZOZOマリンスタジアムで行われた西武(24)戦の八回に右越え二塁打を放ち、史上52人目の通算2000安打を達成した。42歳9カ月での到達は、42歳11カ月で達成した中日・和田一浩に次ぐ史上2番目の年長記録となった。福浦の通算2000安打達成に際し、入団時の2軍監督だった醍醐猛夫氏(79)が当時の思い出、秘話をデイリースポーツに寄せた。

  ◇  ◇

 背番号「70」のルーキー福浦は、身じろぎもせずに私の話をジッと聞いていた。

 「打者に転向したらどうだろう」

 94年、球宴前の暑い日だった。ロッテ浦和球場の監督室に福浦を呼び出してそう伝えた。福浦は前年の93年度ドラフトの7位指名で投手として入団した習志野高のエースである。だが、彼は入団早々に肩を痛め、キャッチボールもままならない日々を送っていた。

 そんなある日。某コーチが私に耳打ちした。「福浦が練習を終えると必ず室内練習場で打ち込んでいますよ」。そっと見に行った。いい打球を飛ばしていた。一目でこれは、と思った。ステップした時に肩が残っている。腰が早く開かない。これは打者のみならず、投手にも言えることで、私は成功への条件だと思っている。

 私は山本功児2軍打撃コーチに「福浦を注意して見てほしい」と頼んだ。山本コーチもその後、「いいですね」と言ってきた。肩さえ癒えれば投手として戦力になりそうだったが、私は1軍で一日でも早く活躍するなら打者だという結論に達した。

 木樽スカウト部長にこの旨を相談した。彼は千葉出身で、エース兼4番打者の福浦を高く買っていた。返事は「醍醐さんにお任せしますよ」だった。

 あれから24年。まさかここまでの打者になるとは思ってもみなかった。あの日、福浦はどんな気持ちで私の話を受け止めたのか。聞いてみたい。

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