【レース】古き良き時代のオ-ナー

 これほど盛大な拍手に包まれた京都競馬場は見たことがなかった。

 キタサンブラックが制した菊花賞。レース後のヒーローインタビューで殊勲の北村宏騎手は「オーナーに感謝したい」と喜んだ。そんな言葉を受けて、壇上に上がったのが北島三郎オーナー(馬主名義は大野商事)だ。

 本当に歌うんじゃないか?期待した場内のファンが、静かに次のひと言を待つ。「みなさんありがとうございました。泣きました。涙が出ました」。5万人が拍手で盛り上げる。「公約していましたから。サビのところからね!みなさん手拍子をお願いします!」。即席のサブちゃんコンサートが開演した。

 「ま~つりだ、まつりだ、まつりだ、キタサンまつ~り~♪」

 「これが競馬のまつり~だよ~♪」。

 負けた関係者も、馬券でやられたファンも、笑顔で祝福できる。そんな粋な演出だった。

 競馬サークルは、自分が栗東トレセンに足を踏み入れた20年前とは大きく変化した。「金は出すけど、口は出さない」。かつて、そんな表現で理想の馬主像を語る関係者もいたが、まさにその通り。馬を買うのが馬主。そこから先は調教師に一任されていた。

 最近はどうか。馬主が、使うレースも騎手も決める。クラブ、大手馬主だけではなく、多くの個人馬主もそういった傾向が強くなった。調教師は使いたいレースに使えず、乗せたい騎手に依頼できない。馬主の大半が「金は出すけど、口も出す」ようになった。

 昭和38年から馬を所有する北島三郎オーナーの馬主歴は52年。これまでに所有した馬は170頭を数える。「80歳を迎えようとする私ですが、これほどの感動を味わったことはない」。積年の願いが通じた菊花賞だった。

 どれだけ馬を愛しているか。喜びの会見からそれが伝わってきた。「距離が長いとかいろいろと言われましたけどね。自分の馬は自分の子どもと同じなんです。評論家の人にダメとか、いろいろと言われるとね…。ちょっとムカムカするんです」。血統面から長距離に不安ありと評価されたキタサンブラックをかばい、守り、そして信じた。

 愛馬を自らの歌手業に重ねるあたりにもオーナーの人柄がうかがえる。「馬が真っすぐ走る姿勢が好きなんです。これは私たちの仕事と同じでね。どこまでも前を行くしかない。だから、私もこのトシで前を歩いている。前を向いて夢を追い掛ける。そこに感動があるんです」-。

 会見の場で何度も口にした言葉があった。「北村(宏)クンが最高の乗り方をしてくれた」「厩舎の人たちが、頑張ってくれた」。コンサートでは、主役の歌手を裏方が支える。競馬も同じだろう。主役は馬だが、厩舎スタッフのサポートがあって強くなり、健康で走ることができる。

 「ホント、いいオーナーですよ」。北島三郎オーナーについて、こう話したのは昆調教師だ。現在1000万下のキタサンラブコールなど、これまでに4頭を預かり、3頭が勝ち上がっている。「レースも、ジョッキーも任せてくれる。注文?言われたことないなぁ」。ただ、トレーナーはこう付け加えた。「任せられるってことは、責任があるんだよ」。馬主が全てを決めれば、調教師はそれを理由にして逃げることができる。ただ、一任された調教師に逃げ道はない。結果で応えないといけないのだ。

 菊花賞前日、キタサンブラックを管理する清水久調教師は、京都で北島オーナーと食事をともにした。「オーナーから、勝ちたいという気持ちが伝わってきましたね。自分も勝たなければと思いましたよ」。何としてもオーナーに勝たせたい。喜んでもらいたかった。「ウチの馬が一番男前に見えたね~」。北島オーナーは、まるで我が子を見るように目を細めた。そんな馬への愛情が、調教師、厩舎スタッフの心をつかみ、菊の大輪を咲かせたに違いない。

(デイリースポーツ・井上達也)

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