檀れい 宝塚退団後も重用される理由

 先日終了したTBS系ドラマ「マザー・ゲーム~彼女たちの階級~」では日本有数のセレブママを演じた檀れい(43)。2005年に宝塚歌劇団退団後は映画やテレビ、舞台、さらに「金麦」をはじめとするCMなどに出演。この10年のタカラヅカ出身としては最も成功した1人だろう。

 そんな檀のタカラヅカ時代の代表作「王家に捧ぐ歌」が現在、宝塚大劇場で12年ぶりに再演されている。上演に先立ち行われた前夜祭には、檀をはじめ、湖月わたる、安蘭けいら初演メンバーも出席した。演出家の木村信司氏によれば、主人公のラダメス、ヒロインのアイーダ、そして王女アムネリスの3人の役者がそろわないと上演できない作品だという。当時、檀に当て書きしたため「脚本に“この世で一番の美貌”と書いたために、なかなかやれる人がいなくなった」と苦笑いする作品だ。

 檀は退団後もタカラヅカで重用されている。宝塚音楽学校創立100周年記念式典の司会を任されたほど。華々しい卒業生中から、檀に白羽の矢が立った。その理由に頭の回転の速さと良い意味でソツのなさが挙げられる。「王家-」の前夜祭で檀のそうした部分はいかんなく発揮されていた。

 前夜祭の中のトークコーナーで、司会者から大劇場の舞台を再び踏んだ感想を聞かれ「もう“死んでもいい”と思いました」とタカラヅカ愛を語った。さらに現役の生徒には「公演中は体重が減るので、ご飯をしっかり食べること。パンはダメよ、お米よ、お米」とアドバイス。実際、アムネリス役当時、楽屋ではいつも“卵かけごはん”を食べていたといい、何気ないトークに思われるのだが…。

 実は「死んでもいい」は夫・及川光博の曲のタイトル、そして檀自身は農林水産省の「日本食普及の特別親善大使」を務めている。短いトークの間に、夫婦仲と日本食のよさを、さりげなく織り込んでいたのだ。これには関係者も感心しきりだった。

 いまやタカラヅカ出身女優の顔の1人となった檀だが、実は入団時は40人中の最下位だった。そんな檀がまず名前が知られるようになったのは、月組時代の「銀ちゃんの恋」でのまさかの赤塗りそばかすのブスメイク。美貌を封印した体当たり演技で、一躍ファンの注目を浴びた。

 そして月組から雪組への組替え後、「浅茅が宿」の新人公演で初めてヒロインに。新人公演は初舞台から7年目までの生徒で行われ、研7の檀にとっては文字通りのラストチャンスだった。ところがその公演の檀の歌の見せ場で、落雷し停電というハプニング。だが初ヒロインにも動揺を見せず、約30分の中断後に同場面から再開され、その舞台度胸の良さは長く語り伝えられるほどになった。

 99年に再び月組に組替えし、真琴つばさの相手役として風花舞の後任のトップ娘役に就任。ようやく花開いたかに見えたが、当時月組には檀の同期で成績も上位だった千紘れいかが2番手娘役として活躍していた。

 そのためダンスや歌などの技術が不安視され、ファンからは歓迎の声ばかりではなかった。実際、宝塚歌劇団の公式ホームページには投稿コーナーがあったが、檀への目を覆う書き込みに一時閉鎖されたほど。当時の歌劇団関係者も「檀もかなりショックを受けていました」と明かしていた。

 それでもその美貌は圧倒的で、中国公演では現地の新聞で「楊貴妃の再来」とまで称えられた。2001年の真琴つばさの退団後は、専科に異動。03年には湖月わたるの相手役として、星組トップ娘役に就任。「王家-」のアムネリス、「花舞う長安」の楊貴妃など当たり役に恵まれ、05年に退団した。

 タカラヅカのトップ娘役は、ファンからトップスターに寄り添うことが求められている。そのため娘役はインタビューも控えめ、退団後もトークが苦手な人も多い。だがも檀の場合、もともとの素養か、タカラヅカ時代の紆余曲折があったためか、臆することがない。女優業はもちろんだが、トークも魅力の一つになっている。

 (デイリースポーツ・石川美佳)

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