長谷川穂積 「僕のスタイル」で復活

 応援する選手が攻勢に出るたびに、観客が悲鳴を上げる試合を初めて見た。ボクシングの元世界2階級王者・長谷川穂積(34)=真正=が9日、神戸市立中央体育館で行った1年ぶりの再起戦。対戦相手のWBC世界バンタム級9位、オラシオ・ガルシア(24)=メキシコ=は29戦全勝、21KOを誇る強打のホープとあって圧倒的不利が予想されていた。

 1回、長谷川が素早いジャブ、ワンツーを次々とヒット。ペースを握ったと思われた矢先、ガルシアの右が顔面をかすめた。直撃なら首ごと持っていかれそうな一振り。ガードする相手の腕を骨折させたという破壊力は、評判通りだった。

 被弾すれば無事では済まない。その上、長谷川は試合前、右足首を捻挫(実際はじん帯の断裂)していた。観客の脳裏に10年4月のフェルナンド・モンティエル戦(WBC世界バンタム級王座陥落)、昨年4月のキコ・マルチネス戦(IBF世界スーパーバンタム級王座挑戦失敗)での壮絶なKO負けシーンがよぎったことだろう。

 2回以降、さらにスピードを上げ、ガルシアを手玉。左のボディーから顔面へのコンビネーションが何度もとらえた。強烈な右も紙一重で見切った。

 試合を完全に支配し、KO期待の展開。だが中盤以降、足を止めて少しでも打ち合おうものなら、「ダメだ、回り込め!ロープを背負うな!」と観客全員がセコンド。クリンチすると、会場中が胸をなで下ろした。

 最終10回も接近して乱打戦。「もう足、動かんのや…」と悲痛に見守る観客の願いは届いた。ネット上で「殺されるんじゃないか」とまで書かれた長谷川が左拳を上げた。1人がフルマークを付けた大差判定3-0勝利。「めちゃ怖かった。倒される夢ばかり見ていた」とリング上で大声援に応えた。

 「家族が勝利でなく、無事を願って見る初めての試合。わがままは1回だけ。踏ん切りを付けないと」。負ければ引退だった34歳は満身創いの体で、背水からよみがえった。

 「この状態でめちゃくちゃ強い相手に圧倒的に勝った。ケガがなければもっと強くなる」と自信も復活。一方で「右足で踏み込めなかった。ケガがあったから安全に行けたのかもしれない」と安全策が効を奏した。

 05~10年までバンタム級世界王座を10度防衛。V5まで卓越した防御とスピードを誇り判定勝ちが多かったが、V6以降はすべてKO勝利。観客を沸かせる快感とともに被弾リスクは増えていった。

 「足を使いすぎれば相手が出てくる。打ち合う時は打ち合わないと。そういうのを組み合わせて、きょう見せたのが僕のスタイル」。打ち合うことで防御を意識させる。それが相手の強打も封じる。「完成させたい」と話していた「自分のボクシング」に近づいたのは間違いない。

 試合後、今後に関し明言は避けた。「決断に時間はかからない」と6月上旬にも進退を表明する予定だ。

 現役続行となれば見ている者に勝利より、無事を願われるのは今後も変わらない。健在を示した勝利で引退すれば最高の花道とも思える。それでも「完成形」に長谷川は到達できるのか、もう1試合見てみたい。

(デイリースポーツ・荒木 司)

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