“惣兵衛”柄本佑と声を失った映画監督

 今世紀のNHK朝ドラで史上最高の平均視聴率をマークした「あさが来た」。“あさロス”現象が話題になる中、眉山惣兵衛役で注目された俳優・柄本佑の出演映画「バット・オンリー・ラヴ」が、「あさ-」の最終回となった4月2日から都内で上映されている。

 同作の監督、脚本、主演を務めたのは2011年7月に下咽頭がんの手術で声帯を失った佐野和宏。現在は商業映画の大作も手がける瀬々敬久監督らと、1990年代に「ピンク四天王」と称された1人だ。「レベル4で、5年生存率20%」と宣告され、死を覚悟。声と引き替えに14時間の大手術を選んだ。

 「術後は身体に管がいっぱい入っていて、ほんのちょっと体の向きを変えることも1人ではできない。情けなくて絶望的だった」。だが、看護師が何気なく病室のカーテンを開けた時の景色が再生への“原点”となった。窓の外に広がる青空が視界に入った。その瞬間、佐野は「自分がまだ世界とつながっている」とベッドで感じた。そして「生きたい」と思い、また映画を撮りたい気持ちが沸き起こってきたという。

 18年ぶりの監督作となる。演出は、ボードに書いた文字を直接、役者に見せるか、距離がある場合はその文字をスタッフが代読。時には声にならない声を絞り出して伝えた。

 主演俳優としてのセリフは、ボードの文字を映す場面もあるが、むしろ相手が返した言葉や表情で何を言ったかを観客に想像させるという、必然的かつ画期的な演出がなされている。まさに行間を読ませる手法だ。そして、クライマックスでは声にならない声の長ゼリフがある。パンフレットにはそれらを補完するために、台本が全て掲載されている。

 一方、演劇一家に育ち、幼い頃から映画館通いが生活の一部であった柄本は、ピンク映画という枠を使って、メッセージ性や映像美にこだわる佐野作品のファンだった。今回、低予算で作られた復帰作に進んで出演した。

 柄本は、下咽頭がんで声を失った元高校教師役の佐野が通うバーの常連客として登場。「下咽頭」に絡めたダジャレの「かりん糖」を手に、屈託のない笑顔で場を和ませた。

 昨年、同作が湯布院映画祭で先行上映された際、柄本は来場。「佑は(妻の安藤)サクラと一緒に来てくれた。そこで初めて見たらしい」。そう佐野は筆談用のボードに記し、感謝の気持ちを表した。柄本は大分に夫婦で足を運び、日本で一番早くファンと一緒に見る機会を選んだ。

 プロデューサーの寺脇研氏は文科省の元官僚。在任中から日活ロマンポルノやピンク映画に造詣の深い映画批評家として活動し、退任後は“映画運動家”の肩書きで奔走する。「佑は子供の頃から父(柄本明)と一緒にロマンポルノやピンク映画を見られる環境に育ったようです」と“英才教育”で培われたセンスの背景を明かす。

 柄本は21日に東京・新宿の上映館「K’s cinema」にゲストとして登場し、佐野監督、寺脇氏とトークショーを行う。同館での上映は29日まで。23日からは名古屋で上映が始まり、大阪、神戸、京都、広島、福岡、新潟と順次公開予定だ。ちなみに同作のタイトルは佐野が心酔するニール・ヤングの曲名に由来。告知から5年後の夏を過ぎれば、11月で還暦を迎える。

 (デイリースポーツ・北村泰介)

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