ＴＢＳ系ドラマ「半沢直樹」のオネエの黒崎検査官役で大ブレークした歌舞伎俳優の片岡愛之助。今月は大阪松竹座で座長公演「十月花形歌舞伎」で昼の部は「新・油地獄 大坂純情伝」「三人連獅子」を、夜の部は「夏祭浪花鑑」を通しで上演している。オネエ黒崎効果はものすごく、これまで歌舞伎に足を運んだことのない人で、劇場ロビーがあふれている。松竹座にも「歌舞伎には何を来て行けばいいんでしょうか」といった問い合わせもあったという。

　もともと「歌舞伎を見たことない人にも、劇場に足を運んでもらいたい」という愛之助の意向が反映された演目で昼の部は近松門左衛門の「女殺油地獄」を元に、ウエストサイド物語のエッセンスを加え、対立する二つの不良グループの話も話の軸に加わってくる。三味線でタンゴのリズムを奏でたり、不良グループのケンカを日舞で表現したり、さらにはベッドシーンもあったりと、歌舞伎の枠組みを大切にしながらも、新たな挑戦が目立つ。愛之助演じる与兵衛の心情も丁寧に描き、なぜ中村壱太郎演じるお吉を殺すに至ったかを現代人にもわかるように書き込んでいる。

　一方で、最後の捕り手の場面では、歌舞伎ならではの戸板崩し（戸板をコの字に組んで戸板と一緒に倒れ込む）など迫力満点で、客席からも歓声が上がっていた。

　また黒崎の演技の“モデル”となった愛之助の弟子・愛一郎が「握りつぶすわよ」と黒崎の名セリフを言っているのも面白い（ちなみに「倍返し」のセリフは夜の部に出てくる）。

　「三人連獅子」は愛之助が家元を務める上方舞・楳茂都流の二世楳茂都扇性の振付。通常の連獅子は父と子の獅子だが、今回は母も加わっている。獅子の衣装の色目も美しく、まさに見て楽しむ作品。親獅子が愛之助、母獅子が壱太郎、そして子獅子が片岡我當の部屋子の上村吉太朗。吉太郎は愛之助と同じく一般家庭出身で、まだ中学１年生。名門の子弟ではないが「あの子はすごい。上手い」と愛之助も期待を寄せる逸材だ。また若さ爆発！とばかりに３人とも毛振りが高速。こちらも見てるだけでワクワクする楽しさになっている。

　夜の部「夏祭浪花鑑」ではふだん上演されない序幕の「お鯛茶屋」や四段目「内本町道具屋の段」なども加わり、通しでの上演となっている。通常の歌舞伎は“美味しいとこどり”で有名な芝居の有名が場面だけが上演されることが多い。だがこれでは「歌舞伎を見たことがない人には、話の内容がわからない」と愛之助が“通し上演”にこだわったためだ。

　実際、通し上演したことで、登場人物の関係や、性格などが格段にわかりやすくなり、初歌舞伎の人にもとっつきやすくなった。愛之助演じる団七九郎兵衛はまさに喧嘩っ早い堺の魚屋といった風情で、そこはかとなく色気もある。舅・義平次殺害後は狂気も漂い、何度も役を重ねるごとに、団七という役に愛之助が溶け込み、まさに当たり役になっている。

　団七の嫁・お梶の壱太郎は、丁寧に演じようという意気を感じた。昼夜ともに“人妻”役で、実年齢より上の設定のはずだが、すっきりとした色気で客席を引き付けた。祖父は上方歌舞伎の第一人者で人間国宝の坂田藤十郎だが、本人は生まれも育ちの東京。それでも“上方の匂い”がするのは、生まれついた環境に加え、芸の継承への強い意識と努力のたまものだろう。

　中村翫雀、上村吉弥、市川猿弥、嵐橘三郎らが手堅く、舞台を引き締めている。

　歌舞伎ファンだけでなく、一般の人にまで愛之助の人気が高まるにつれ、古くからのファンの気がかりは“嫁”だろう。

役者一人でも魅力的だが、お似合いの相手役がいることでさらに魅力がましてくる。叔父・仁左衛門と玉三郎のゴールデンコンビなどはまさにお互いの魅力を引き出しあってる。登場しただけで「ご両人！」の掛け声がかかる。“ゴールデンコンビ”と呼ばれるには、容姿はもちろん、芝居の質なども重要だ。

　愛之助の場合、東京での生活が多くなっていても軸足は大阪にある。現在も「大阪に住む」ことにこだわりも見せている。今月の自分が座頭の公演でも大阪が舞台の作品で、上方歌舞伎の隆盛に並々ならぬ意欲もある。そんな愛之助の相手役となると…。上方系の女形ということになるのだろうが、これが少ない。愛之助自身は器用で、あまり“嫁”を選ばないタイプの役者だ。これまで従兄の孝太郎と組むことが多かったが、今月の松竹座をはじめ最近、１８歳下の壱太郎と組むことが多い。孝太郎は気品があり、姫や娘役はもちろん、世話女房を演じてもしっとりとした味わいがある。一方の壱太郎は折り目正しい舞台でかつ現代的な華やかさを持ち合わせている。上方系という枠を外しても、いまのところこの２人以上に容姿も芸風もピッタリな人というのはなかなか難しい。