なぜ映画人はロマンポルノに惹かれるのか

かつて日本映画に「日活ロマンポルノ」と呼ばれる特異な映画群があった。低予算で製作し「性」を題材に描くという、一見一聞ではキワモノ扱いされそうなジャンルだが、実は才能ある映画人たちが逆境を逆手にとり、自身の力を見せつけた傑作、名作の宝庫だった。そのロマンポルノが現代の気鋭監督5人によって甦った。それが「ロマンポルノ・リブート(再起動)・プロジェクト」。本連載『春岡勇二のシネマ重箱の隅 vol.6』では、そのひとつである映画『牝猫たち』を撮った白石和彌監督に話を訊くとともに、ロマンポルノそのものを振り返ってみる。

取材・文/春岡勇二

「自由な映画作りが名匠を誕生させた」

「僕ら映画を志してきた人間にとって、ロマンポルノは通ってきた道ですし、60年代から作られていたATG(アート・シアター・ギルド)映画と並んで、70年代の憧れと言っていい作品群でした。それにあちこちで公言してきたことですが、ぼくが日本で一番好きな映画監督は田中登さんです。ロマンポルノの名匠と呼ばれる他の監督たちの作品と比べると、とっつき易かったし、なんて言うと怒られるかもしれないですが(笑)。若い頃は神代辰巳監督(日活ロマンポルノの巨匠)の描く情念の世界はわからなかったですから」(白石監督)

「僕らの世代はすでにロマンポルノは製作されなくなっていて、DVD化されているもの以外、スクリーンで観たのはすべてリバイバル公開か特集上映でした。上映される作品はどれも評価の高いものばかりですから、つまり僕らは初めから選別された名作だけを観てきた。さらに言うと、実は僕らは先にアダルトビデオを観ている世代なので、正直言ってロマンポルノはそんなにエロくなかった。では、どこに惹かれ憧れたのか。それは、作家性です。優れた監督たちが作家としてのそれぞれの個性をとても魅力的に発揮して見せてくれた場所、それがロマンポルノでした」(白石監督)

かつてのロマンポルノを語るとき、その特徴として必ず挙げられるのが「作家性」である。1970年代、日本映画は勢いを失い観客動員は減少し映画館も軒並み潰れていった。そんななか安く作れて観客に受ける、つまりは儲かる映画が求められた。ロマンポルノが生まれたのには、こうした背景があった。付けられた条件は「10分に1回の濡れ場(性愛シーン)を作る、上映時間は70分程度」など。成人映画作りを嫌って会社を去った監督たちもいたなか、若手の監督たちにはようやくめぐってきたチャンスだった。先の条件はあったものの、逆にそれさえクリアすれば比較的自由な映画作りができ、才能ある者にはそれも好都合だった。そうして神代辰巳、田中登、曽根中生、小沼勝らロマンポルノの名匠たちが誕生した。

神代は『四畳半襖の裏張り』(1973年)、『赫い髪の女』(1979年)で狭い空間のなかに濃密で湿ったうねるような情感を込め、田中は『夜汽車の女』(1972年)の耽美的でシュールな映像で観客を魅了し、『(秘)色情めす市場』(1974年)では生命力あふれた圧倒的なヒロイン(芹明香)を生んだ。曽根は『(秘)女郎市場』(1972年)や『わたしのSEX白書 絶頂度』(1976年)でアナーキーで肉厚な官能世界を展開してみせた。そして小沼は数々のSM映画で独特の映像美のなかに性愛の深淵を追った。そのどれもが、その監督にしか作りえない作品だった。その強い個性に当時の映画ファンは熱狂し、熱い支持を送った。そして、彼らの次世代からは『DEATH NOTE』(2006年)の金子修介、『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』(2009年)の根岸吉太郎らの才能が育っていったのだ。

「再始動は女性ファン増加が要因のひとつ」

今回の「ロマンポルノ・リブート(再起動)・プロジェクト」には、5人の気鋭監督が参加している。塩田明彦、白石和彌、園子温、中田秀夫、行定勲の5人だ。ルールはこれまでと同様の「10分に1回の濡れ場」「70分前後の上映時間」などのほか、「これまでロマンポルノを撮っていない監督」「オリジナル作品」が新たに条件として加えられた。白石監督が撮ったのは、東京・池袋を舞台に、ワーキングプア、シングルマザー、不妊症といった悩みを抱えながらも、今を懸命に生きようともがく3人の風俗嬢を描いた群像劇だ。

「(監督オファーを受けて)今のロマンポルノを撮ろうと思いました。企画の段階から現代性を採り込んだものを作ってほしいという要請もありました。そこで、最近実際にあった事件など、自分のなかに引っ掛かっていたものを物語の中に入れ込んでいこうと考えました。主人公を3人のデリヘル嬢にしたのもそのためです。彼女たちが様々な男に会いに行く過程でエピソードを展開できると。また、女性3人の話というのは、田中登監督の『牝猫たちの夜』(1972年)から設定を借りています。タイトルを『牝猫たち』にしたのもそういった理由からです。あと、現代的なテーマのひとつとしたのはインターネットと人間の関係です。SNSの炎上騒ぎなどを見ても、すでに人間はネットを使いこなせなくなっているように思います。人と人が向き合っているのに、観ているのは画面のなかの相手で、生身の相手を観ていない。物語のなかで主人公が相手に向かって『真っ直ぐに私を傷つけてよ』と言うのは、そういう思いからです」(白石監督)

「また、女性のお客さんは意識しました。最近、かつてのロマンポルノを上映するイベントでも女性のお客さんが多くて、実際、今回のプロジェクトが動き出した要因のひとつもそこにありました。ただ、考えてみれば、もともとロマンポルノは強くて美しいヒロインが登場する女性映画でした。おそらく、いまロマンポルノを観てくれる女性たちにはそれが伝わっています。だから、今回の映画でも井端珠里、真上さつき、美知枝の3人の女優に、それぞれが男を圧倒する、したたかで魅力的なヒロインを演じてもらいました」(白石監督)

ロマンポルノは男女の性愛を描く。ただし、その前には男女のドラマがあり、その主軸は、他の劇映画と異なって、男ではなく女に置かれたものが多かったのもロマンポルノの特徴のひとつだった。ロマンポルノの作家たちは女性を讃美し、そして崇拝した。だからそこに、美しく逞しいヒロインが数多く誕生したのも当然のことだった。そして、演じた女優たちはスターとなり、伝説となった。例えば今回『牝猫たち』にも特別出演している白川和子、彼女はロマンポルノの記念すべき第1作『団地妻 昼下りの情事』(1971年)のヒロインであり、いまも現役の女優として活躍する。そのほか、ロマンポルノを代表する女優であり、神代・田中の両エース監督の作品で多くの主演を務めたのが宮下順子、SM映画の女王と呼ばれた谷ナオミ、コケテッシュな魅力で人気を集めた伊佐山ひろ子、などなど。キワモノ扱いだったロマンポルノはいつしか女優の登竜門となり、彼女たちが日本映画史に残した足跡は大きい。今回のリブート・プロジェクトからも、また同企画の今後の作品から大スター、大女優が生まれる可能性も小さくはない。

(Lmaga.jp)

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