熊切監督「自分なりのニューシネマ」
『MASTERキートン』など多くの浦沢直樹作品に関わってきたリチャード・ウーと、『超・学園法人スタア學園』などで知られるすぎむらしんいち描いた名作漫画『ディアスポリス-異邦警察-』。4月には、そのテレビドラマ版が放送され、トーキョーに暮らす密入国者たちを全身全霊で守る「裏都庁」の警察官・久保塚を松田翔太が熱演したが、その劇場版がいよいよ9月3日、公開される。監督は、『夏の終り』(2013年)、『私の男』(2014年)などの熊切和嘉。文芸作品で知られるが、実はこういったプログラム・ピクチャー的作品が大好きな監督だ。
取材・文/春岡勇二
「ひそかに自分のニューシネマを撮ってやろうと」(熊切監督)
──この映画のオファーを受けたとき、監督はパリにいらしてたんですよね。
ええ、文化庁の海外研修制度を使わせてもらって、8カ月向こうにいて、映画ばかり観ていました。
──オファーがくる以前から、原作はご存知でしたか?
いや、実は知らなかったんです。なので原作も送ってもらって読んで、これはピッタリだなと思いました。
──ピッタリと言うのは?
僕がパリで住んでいたのは18区なんですが、はっきり言って治安があまり良くないところなんです。あのリュック・ベッソン監督の『ニキータ』(1990年)のオープニング・シーンが撮影されたところですから(笑)。路上でなんでも売っているし、僕もお金をすられたりしましたし。そこで身をもってわかったのは、違うルールで生きている人間たちっていくらでもいるんだな、ということでした。でも、あの街で罪を犯している人たちも絶対悪というわけではなくて、おそらく家に帰ったら家族もいるだろうし、それぞれの人生もあるだろうし、ほんとにルールが違うだけなんだよなって、だから世界は面白いと感じていたんです。ただ、この感じは日本ではなかなか味わえないので映画化するのは難しいかなと思っていたら、それが原作の『ディアスポリス』で描かれていたわけです。
──なるほど。それですぐに仕事を引き受けられたわけですか?
ピッタリと思えたものが、実はもうひとつあったんです。パリでは映画ばかり観ていたのですが、特に多かったのが1960年代末から70年代のアメリカ映画、いわゆるアメリカン・ニューシネマだったんです。向こうではすごく人気があるみたいで、多くの映画館で上映していました。僕も大好きでしたし、機会があればこういう映画が撮りたいとも思っていました。そんなとき読んだのが原作にあるエピソードのひとつで、今回映画化した「ダーティ・イエロー・ボーイズ」編。これがまさにニューシネマ的内容で、この話が映像化できるのなら仕事させてもらおうと思いました。テレビドラマのシリーズを装いながら、ひそかに自分のニューシネマを撮ってやろうと(笑)。
──『ディアスポリス』は4月からテレビドラマとしてまず10話が放送されて、今回、映画が9月に公開されるわけですが、初めから並行して製作する予定だったのですか?
プロジェクトとしてはそうです。ただ、僕は最初、何人かの監督たちと一緒にテレビ版だけを作るはずだったんです。それが、映画を撮る予定だった監督がスケジュールの都合で降板されて、そこで『私の男』でも組んだ西ケ谷寿一プロデューサーから「熊切くん、やらない?」と声を掛けてもらったのですが、そのときも「ダーティ・イエロー・ボーイズ」ができるならと答えました。その企画が通って、テレビ版ではほかの話を演出するという運びになったわけです。
──テレビと映画の両方を撮られることになって、差別化を図ろうという考えはありましたか?
そうですね、特に強く意識したわけではないですが、テレビ版は、主人公たちの根城であるトーキョー裏都庁の周辺で事件が起こり、それを主人公たちが追っていく、いわば「裏都庁日乗」的物語ですが、「ダーティ・イエロー・ボーイズ」編はトーキョーを飛び出して西へ西へと流れていく話で、だから初めから違う感じの作品になると思っていました。
「松田翔太は、どういう場面でも主役だと分かる」(熊切監督)
──追われる者も追う者も流れて行くロードムービーであり、これもニューシネマ的ですね。主演の松田翔太さんはいかがでした?
肉体表現の力には圧倒的なものがありましたね。パリでウィリアム・フリードキン監督のポリス・アクションの傑作『フレンチ・コネクション』(1971年)や、シネマテーク(映画を収集・保存し、非営利目的で上映する施設)で特集していたバスター・キートンの作品とかを観て、「ああ、役者を走らせたい!」と思っていたのですが(笑)、松田さんの長い手足を見て、もう願ったり叶ったりだと(笑)。彼の走る姿のカッコ良さはピカイチです。また、アクションシーン以外でも俳優としての存在感があって、どういう場面でも一目見て彼が主役だなとわかるんです。
──それはスターとしての大切な条件でしょうね。ただ、彼が演じた主人公の青年は肉体的バトルにおいてそんなに強くないという設定なのですね。
基本的に弱いんです。だから、腕力で相手を倒して事件を解決していくというタイプの人間じゃない。事件の関係者を粘り強く調査していって、事件の背景の真相を暴き、根本的な解決を図ろうとする。いわば「探偵」なんです。松田さんにはその雰囲気も充分にあった。やはりパリで久しぶりにロマン・ポランスキー監督の『チャイナタウン』(1974年)を観て、「探偵もの」が撮りたくなっていた僕にこれもピッタリでした(笑)。
──松田さんは原作のファンだったこともあって、本作への熱意には相当なものがあったようですね?
すごかったですね。テレビ版では、僕のほかに冨永昌敬、茂木克仁、真利子哲也監督が撮っていて、冨永くんが4本、ほかの監督が2本ずつの計10本が作られたのですが、10本すべての現場がわかっていて、シリーズ全体を支えていたのは松田さんだったわけで。僕なんかは一番最後に参加したようなものですから、ほかの俳優さんの台詞の言い回しなど、彼に「ここでこの人はこういう言い方する?」って訊いたりしました(笑)。なんにせよこの作品は、彼あってのものですね。
──松田さんの相棒を演じている、映画『婚前特急』(2011年)やテレビ『仮面ライダードライブ』などに出演、ミュージシャンとしても活躍しているハマケンこと浜野謙太さんも面白い存在ですね。
彼は天性の喜劇俳優ですね。ミュージシャンとしても一流なので間やリズムが抜群にいい。また、とてもクレバーな俳優さんで、そのときこっちが何を求めているか即座に理解して的確に返してくれる。演出家としては、現場にいてくれてとても助かる人でしたね。
──裏都庁側の人間のキャスティングで驚いたのが、都知事役が、「猪木 vs アリ」戦をコーディネートするなど70年代の伝説的なプロデューサーとして知られる康芳夫(こう・よしお)さんだったことです。
狙い通りですね(笑)。康さんとは以前から個人的におつきあいがあり、飲みの場などで「映画に出てくださいよ」とか言っていたのですが、あの風貌ですからなかなか合う役がなくて(笑)。今回の裏都庁の都知事、あ、これだと思ってお願いしたんです。「立っているだけでいいんで」って。
「やりたいことが存分にできた手応えがある」(熊切監督)
──康さんは、中島哲也監督の『渇き。』(2014年)にも一瞬だけ出演されてましたね(笑)。今回とても良かったと思ったのが、敵役の須賀健太さんでした。故国の体制に追われ、日本でアウトローとなって犯行を重ねながら流れて行く中国人留学生崩れの青年。まさにかつてのニューシネマの主役ですね。彼のキャスティングは初めから想定されていたのですか?
いや、中国人青年の役なので、最初は中国人の俳優さんで探していたんです。そんなとき、なにかの資料写真で彼の笑う顔を観て、彼、笑うときに片方の口角だけがあがる癖があって、なんだかズルそうでいいなって思ったんです。俳優として力があるのはわかっていましたが、今回も本当に頑張ってくれて、映画の後半は彼が引っ張っていってくれてますね。
──須賀さんの相棒を演じているNOZOMUさんも迫力がありました。
彼は身長が191センチあって、小柄な須賀くんとのコンビネーションもよかったですね。国際的に活躍しているモデルさんです。
──松田・浜野のコンビが須賀・NOZOMUのコンビを追う。追う方も追われる方も2人組の男です。
それは初めから考えていました。バディムービー(仲間映画)の雰囲気ですよね。実は、この2組の追走劇をじっと見つめながら、ときに介入してくるやくざの一団も登場して、ここもメインは男2人で、つまり2人組が3組絡み合って展開される三つ巴戦なんです。
──なるほど。また、その3組がそれぞれに想いを抱いていて、ただの抗争劇で終わらない深さや痛みを感じます。
今回、脚本の共同執筆を守屋文雄さんにお願いした狙いはそこでした。僕がひとりで書くと、ブラック・ユーモアに走り過ぎて登場人物を突き放してしまうのですが、守屋さんの描く人間には「情」があって、そこに想いがこもるんです。
──登場人物の話でついでにというと失礼ですが、留学生犯罪集団「ダーティ・イエロー・ボーイズ」の関西支部長の妻を演じていた、安藤サクラさんの関西弁には感心しました。
そうなんです。彼女には大阪弁、それも西成あたりで話される言葉を勉強してきてくれとは言ったのですが、あれは相当やってきてくれたと思います。僕らも現場で感心しました。
──そして、支部長が誰かと思ったら宇野祥平さんで・・・。
あれは言わば出オチなんで(笑)。
──ハードな局面にああいうとぼけた感じは効きますよね(笑)。資料などを見ると『夏の終り』や『私の男』など、文芸作品を撮ってきた熊切監督がそのイメージを覆して、なんて書いてあったりしますが、何を言ってるんだと思います。
確かにこれまでも撮ってきていますし、こういうプログラム・ピクチャー的な作品が好きなんですよね。特に今回は、アメリカン・ニューシネマや探偵モノのテイストなど、自分がやりたいことが存分にできた手応えがあります。もちろん、文芸モノも大切に撮っていこうとは思っていますが、できればこういったプログラム・ピクチャー的感覚の作品を交互にやっていきたいというのが本音ですね。
(Lmaga.jp)
