キー局の萎縮に立ち向かい映画館で公開

 ここ最近、テレビを巡る倫理問題が騒がしい。児童養護施設を舞台にした日本テレビ系ドラマ「明日、ママがいない」に始まり、カエルが出演するキリン缶チューハイ本搾りのCMに、金髪+付け鼻の外国人が登場する全日空のCMなど。

 理由は様々だが、いずれもこの映像を不快に思った視聴者の抗議により、内容変更や中止という事態になった。配慮が足りなかった企業や番組にも否はあるが、一方で、この傾向はテレビ局の萎縮に繋がり、ひいては賛否を呼びような問題提起を狙った番組は制作されなくなる可能性もある。現に、社会問題になって以降、やたらお涙頂戴エピソードで視聴者の同情を誘おうとする「明日ママ」の戦意喪失ぶりを目の当たりにし、筋金入りのテレビっ子である筆者の懸念はますます大きくなっている。

 だが、そんな世の風潮に毅然と立ち向かうテレビマンたちがいる。戸塚ヨットスクールのその後を追った『平成ジレンマ』(2011年)、光市母子殺人事件で世の反感を買っていた安田好弘弁護士にあえて密着取材を敢行した『死刑弁護人』(12年)など傑作ドキュメンタリーを次々と送り出してきた東海テレビの阿武野勝彦プロデューサー率いる取材スタッフだ。

 「ホームレス理事長~退学球児再生計画~」(公開中)も昨年1月に東海地区で放送するや抗議が殺到。にもかかわらず、毎年系列局で開催されている「FNSドキュメンタリー大賞」に出品を試みたところ、今度はフジテレビから「ノミネートするのは自由ですが、フジテレビでは放送しません」と事実上の放送拒否宣言をされたそうで、その顛末までも公式HPなどで暴露した。

 しかし、めげない。テレビがダメなら映画館があると、現在、東京・ポレポレ東中野で公開中(全国順次公開)だ。

 最も問題となったのは、劇中に登場する体罰シーンである。同作品は、愛知県常滑市で12年2月に創設されたNPO法人ルーキーズの活動に密着した記録だ。登場するのは何らかの理由で高校中退した球児たちで、社会人野球「大森日石」(愛知)の元監督である山田豪理事長や、おかやま山陽高校の池村英樹監督らが彼らに再生の場を与えようと尽力していた。

 一世を風靡したドラマ「ROOKIES」のように行けばカッコイイが、やんちゃ坊主の集団だけに事はうまくいかない。ある生徒が事件を起こす。両親と喧嘩(けんか)になり、刃物で自分の手首を切るという狂言自殺を試みたというのだ。池松監督は殴った。「お前の命はそんなに軽いのか!」と怒声を浴びせながら9連発。これが視聴者の逆鱗(げきりん)に触れた。

 時は、大阪・桜宮高校体罰事件が発覚した最中だったことも影響し、嫌悪感を抱いたとの声。しかし筆者の印象は違う。こんなに真剣に怒ってくれる大人が身近にいて、この少年は幸せだとすら思ったのだ。

 もちろん一概に体罰を肯定しているわけではない。ただこの少年の場合に限っては、これまで何度も苦難にぶつかると逃亡してきた経緯があった。狂言とはいえ、一歩間違えれば死に繋がる。まして池村監督は、過去に体罰事件で逮捕されて球界を追われた過去があり、誰よりも拳の痛みを知っている人だ。教育の現場では一人の人間が誤った方向へ進もうとしている時、全力で阻止しなければならない時があるのではないか?

 自身の中学時代に思いを馳せながらそんな事を考えさせられた。友人との交換日記で、クラスメートの悪口を書きまくっていたことがバレた時、担任教師に机ごと教室から放り出され、思いっきり平手打ちされたっけ。今となっては良い教師に出会えたと、感謝の言葉しかない。

 その他、本作では、経営難に陥った山田理事長が金策に走り回り、取材スタッフに土下座して借金を依頼したり、ヤミ金に手を出すシーンまで映っている。そんな状態なので、山田理事長はタイトルにあるようにホームレスだ。こんな場面を映していいのか?いや、自身が取材する側なら目の前の窮地に陥っている人に対してどう対応すべきか?そもそも、自分が手助け出来ることはあるのか?と、鑑賞中の110分間、心が揺さぶられっぱなしだ。でも、本作には間違いなく今の日本が映っており、目を背けてはいけない現実が描かれている。

 阿武野プロデューサーは番組HPに次のように記している。「番組を作る側が配慮を繰り返し、また観る側が自粛の圧力をかけるような関係が、よりよい社会を作る礎になるとは考えられません」と。そんな骨太な作品を作る阿武野プロデューサーらにエールを送ると同時に、この一地方局が投げかけた波紋が広くテレビ業界と視聴者に広がることを願いたい。(中山治美)

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