谷崎潤一郎「細雪」創作ノート発見
中央公論新社は2日、戦時中に焼失したと考えられている作家谷崎潤一郎(1886~1965年)の創作ノート「松の木影」を撮影した印画紙255枚が見つかったと発表した。
代表作「細雪」を執筆するまでの試行錯誤の過程が細かく記録され、専門家によると超一級の資料という。戦時下で焼けてしまうことを恐れた谷崎が、印画紙の形で友人に預けたとみられる。5月10日から刊行が始まる同社の「谷崎潤一郎全集」に収録される。
同社によると、92年に友人の親族が同社に提供し、風呂敷に包まれた状態で保管されたままになっていたのが、今回の全集編集の過程で見つかった。印画紙は白と黒が反転しており、このような形で保存されていた理由は判然としないという。
ノートは33年春ごろから38年夏ごろに書かれた。「春琴抄」に始まり、「陰翳礼讃」などを経て「細雪」の途中までの構想が記されている。「続松の木影」と題する「細雪」中盤以降についてのノートは以前からあり、その前の部分のノートも存在するのではないかと推測されていた。
全集の編集委員を務める千葉俊二・早稲田大教授(日本近代文学)によると、谷崎は「細雪」の前に「三寒四温」という題名を思い付き、阪神間の有閑マダムの退廃的側面を描こうと考えていた。その題名やアイデアも記されているが、それは戦時下の禁欲的空気の中で実現しなかった。
36年の年末と思われるメモで初めて「細雪」という題名が登場。「S子は二十九才であるがまだ純潔な処女である」などと書かれている。「S子」とは「細雪」のヒロイン雪子のモデルとなった、谷崎の妻松子の妹、重子だとみられる。
千葉さんは「戦時下でも『細雪』を書き続けようとした強い信念を感じる」と話す。
