タカマツ、危機救う金メダル 「五輪コラム」

 バドミントン女子ダブルスの高橋礼華・松友美佐紀組が、同競技で日本初の金メダルを獲得した。女子ダブルスの日本は2008年北京4位、12年ロンドンで銀。リオではさらに一段上がって表彰台の頂点に立った。五輪前に男子メダル候補が賭博問題で処分を受けた。不祥事で落ち込んだバドミントン界全体を元気づける快挙ともなった。

 ▽逆転の5連続得点

 高橋、松友組は決勝の重圧と、183センチと178センチの長身デンマーク・ペアに苦しんだ。リターンのわずかな乱れを、角度あるスマッシュで打ち込まれる。最終第3ゲームも16-19と追い込まれた。この場面で、日本ペアは自分たちのコンビネーションを取り戻した。松友が丁寧にネット際に落とし、好機を待って高橋のスマッシュで決める。大詰めで奇跡のような5連続得点をあげて逆転の金メダルをつかんだ。

 ピンチの場面にも高橋は「こういう時は自分たちの方が強い」と揺らいでいなかった。松友は「やってきたことを、あきらめずに出すだけ」とネット前を死守した。世界ランク1位の自信と、ペアを組んで10年目の絆で危機を乗り越えた。

 ロンドン五輪前年に日本一の座に就いたが、五輪出場は逃した。ライバルの藤井・垣岩組の銀メダルを見て、リオでの金メダル獲得を誓った。前衛の松友、後衛の高橋。それぞれの持ち味を強化する一方で、ポジションチェンジなどコンビの幅を広げた。リオで2人は、文字通り世界最強ダブルスとなった。

 ▽女子ダブルスが復権の旗手

 戦後、バドミントンは日本で普及した。卓球と並ぶ手軽なラケット競技。テニスのような広いコートも必要としない。職場や家庭のレクリエーションとして親しまれた。そんな土壌から優秀な選手が輩出。1960年代から80年代にかけて当時、最も権威があったユーバー杯(女子国別世界選手権)で何度も世界一になった。

 しかし五輪の正式競技となった1992年バルセロナ大会以降、大舞台が整ったのに低迷が始まった。中国、韓国が台頭し、強かった東南アジア諸国もさらに力をつけた。ライバル韓国から指導者を招へいするなど、メンツを捨てて再強化に取り組んだ。

 女子ダブルスに登場したスター選手が復権の先頭に立った。「オグシオ」こと小椋久美子・潮田玲子組がブームをつくり、同世代のライバル末綱聡子・前田美順組が「スエマエ」と呼ばれて北京で4位。藤井瑞希・垣岩令佳組が「フジカキ」と声援されてロンドン2位で続いた。

 バドミントンの上昇気流に男子選手の不祥事が水を差した。リオ五輪で女子も期待を裏切れば、全体が暗い時代に後戻りする。高橋・松友の「タカマツ」が、そんな危機を救った。(荻田則夫)

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