“戦友”が語る男・藤田伸二との思い出
「藤田伸二、電撃引退」-。その一報を聞き、私が真っ先に連絡を入れたのは、札幌に出張中だった影山一馬助手(栗東・長浜博之厩舎)。以前から、彼が藤田の良き理解者であることを知っていたからだ。
「発表したの?」。それが彼の第一声だった。やや戸惑っているように感じたが、それでいて驚いた様子もない。「実は、知ってたんだけど口止めされていてね。こればかりは誰にも言えなかった」。
藤田と影山-。彼らは北海道の新冠小学校でともに学んだ同級生だ。小学6年の10月、父親の仕事の都合で影山が転校し、離ればなれになった後も、競馬が二人の絆をつないだ。影山が地方競馬の騎手を目指していた17歳のある日、仲間が「お前のことを知っているヤツがいるぞ」と声を掛けてきた。JRA騎手候補生との交流会。その席で、久々に藤田と再会を果たした。
その後、体が大きくなり、減量に苦しんだ影山は騎手になる夢を断念。当時、父が働いていた滋賀県栗東に身を寄せ、調教助手を目指してJRAの競馬学校へ入学した。無事に卒業し、栗東トレセンの門をくぐる。そこで再び、関西に所属していた藤田と再会する。
月日が流れ、彼らが23歳を迎えた時に、ともに夢を描いた1頭の馬と出会った。その名はスターマン。マイナー種牡馬のワイズカウンセラー産駒だったが「パワーがあるし、フットワークもいい。走るかも」と影山は期待感を得た。その予感は的中する。新馬戦快勝後はソエなどの影響もあって伸び悩んだが、94年4月、5戦目のれんげ賞から快進撃が始まった。
厩舎の主戦・河内に先約があったため、れんげ賞から藤田が手綱を取ることになった。2着に3馬身半差をつける圧勝劇は、二人でつかんだ初めての勝利だった。勢いそのままに、次戦の白藤賞で連勝を決めると、秋初戦の神戸新聞杯では春の実績馬をシャットアウト。破竹の3連勝&重賞初制覇を飾った。
だが、本当の意味でスターマンの名が競馬史に刻まれるのは、次戦の京都新聞杯。単勝1・0倍-。異次元の強さで春の2冠を制した“シャドーロールの怪物”ナリタブライアンを破った一番は、今でも競馬ファンの語りぐさとなっている。
実は、同年夏の札幌出張中に、影山はかすかな可能性を見いだしていた。厩舎地区には、放牧へは出さずに札幌競馬場で調整していたナリタブライアンの姿があった。くしくも、担当者は新冠小学校の先輩で、競馬学校に同期で入学した村田光雄調教助手(現・北出成人厩舎)。会話を交わすなかで、なかなか調子が上がらないブライアンに頭を悩ます村田の苦労を感じていた。
だが、京都新聞杯の当週。順風満帆だったスターマンにもアクシデントが起こる。藤田を乗せた追い切りで、テンからガツンと引っ掛かった。序盤に全速力で駆けた分、ラスト1Fは完全に失速。“逆時計”を刻み、計算が狂った。その日の午後、馬を制御できなかった責任を感じた藤田は、厩舎まで出向いて頭を下げたという。
そしてレース当日。今振り返れば、この逆境こそが“男・藤田”の腕の見せどころだったか。チグハグになった追い切りを挽回すべく、実戦では人馬一体となってスムーズに折り合った。休み明けを叩いたアドバンテージを生かし、休み明けのブライアンに真っ向勝負。先に抜け出した怪物の内をすくい、鮮やかに抜け出してつかんだ大金星は“世紀の番狂わせ”と呼ばれた。
その後、スターマンは年明けのAJCCで5着に敗れた後、屈腱炎を発症。不屈の闘志でカムバックしたが、全盛期のパフォーマンスを見せることはできなかった。一方、影山は担当馬の世話もする持ち乗り助手から調教専門の助手に転身し、00年にアグネスフライトで日本ダービーを制覇。立場こそ違えど、先にダービージョッキーとなった藤田と肩を並べた。
だが、最高の栄誉を手にした今でも、心の中では「スターマンが一番強かった」という思いは揺るがない。それは単なるノスタルジーではないか?そんな私の疑問に影山は付き合わない。藤田とともに味わった、あの背中の感触に確信があるからだ。「彼はいまだに“引っ掛かったときのパワーはスターマンが一番”って言うよ。ほかのどの馬に乗っても、あの馬のパワーにはかなわないらしい。テン乗りの際、厩舎サイドから“引っ掛かる”と聞かされても“スターマンほどじゃないな”って思っていたみたい(笑い)。ついこの前もそう話していた」。
引退発表の数週間前、影山は藤田がプロデュースする札幌のカフェバーに呼ばれた。9月8日にオープンを控えた店内には、新冠で消防士をしている旧友の姿もあった。「札幌開催を最後に引退する」-。この時期、藤田はごく近しい人にしか引退することを告げていなかったという。
驚きとともに残念な思いが入り交じった。ただ、早い段階で内密な話を自分に打ち明けてくれたことに、影山はうれしくも思った。店内を見渡すと、そこには藤田がこれまで手にしてきた大レースの写真パネルがズラリ。ほとんどがG1レースのものだったが、その中の一枚に、ともに夢を描いたスターマンの写真が飾られていた。
「素直にうれしかった」。そう話す影山にとって、やはり藤田は特別な存在だ。「スタートがうまくて、いい位置を取れる。一部の人に“にらみを利かせて勝っている”なんて言われた時期もあったけど、それもスタートがうまくなければできないことだから。馬を追う技術も確か。今でもすごいジョッキーだと思っている。彼とともに戦った経験は、自分の中で大きな財産。だけど、やっぱり引退したのは残念だね」。
実は、すでに書き終えた原稿があったのだが、締め切り直前になって影山からこの話を聞き、差し替えた。藤田が引退したからこそ封印が解かれたこの話。私が先に書いた原稿とは、熱量がまるきり違った。それと同時に、最近は熱い話を聞かなくなったな、と少し寂しい思いをした次第。藤田が引退メッセージで今の競馬シーンに投げかけた「何が面白いのか?」という疑問は、決して無駄にしてはいけないと思う。
ちょうど今週は、94年にスターマンが初めて重賞を制覇した神戸新聞杯が行われる。のちに語りぐさになるような、人と馬との熱いドラマを期待せずにはいられない。(デイリースポーツ・松浦孝司)
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