近本の哲学を思う第3戦
【3月29日】
東京駅から「のぞみ」に乗った粟井一夫は鞄から一冊の本を取り出した。3時間50分の第3戦をモノにして帰阪する阪神球団社長は心を落ち着けるように、挟んであった栞を取った。
『僕は白と黒の間で生きている。』
開幕前に幻冬舎から発売された近本光司著の書籍だ。勝負の世界を生きる一員として阪神のリードオフマンが抱く哲学を刻んでおきたい思いがある。 近本の筆に共鳴し、回想したのは昨秋の「ゴールデンスピリット賞」。プロ野球人の社会貢献活動を表彰する同賞に選ばれた近本の言葉だった。
「誰かの役割をカバーするのではなく、自分のできること、自分の役割を果たすことが大事。継続性という意味では、カバーする、誰かを支えるというのは長続きしないと思うので、自分ができること、自分ができる範囲でしっかりやることが大事だと思う」
粟井は東京へ向かう新幹線の車中で近本の書籍を半ばまで読んで開幕戦に臨んだ。3戦目はまさに選手が「自分の役割を果たした」逆転勝利。2勝1敗を噛みしめて地元へ帰った。
長時間ゲームを振り返れば、それは近本光司の今季初安打で幕を開けた。ルーキー山城京平の立ち上がり、10球粘ってヒットを放ち、アウトにはなったが、盗塁も試み揺さぶった。初回から各々の「役割」が随所に見られたゲームは終盤の攻防で勝負がついた。見所満載の第3戦を、逆転の八回、この1イニングに集約させて書いてみる。
決着をつけたのは今季初めて打席に立った代打木浪聖也の2点タイムリーだった。会心ではなかったが、同点の2死二、三塁で、空いた一、二塁間へよく引っ張りこんだ。絶対に生きるんだ。執念のヘッスラも見ていて気持ち良かった。そして、焦点はその後だ。
巨人二塁手の浦田俊輔は木浪の打球に追いついたまでは良かったが、ジャッグルした。これは仕方ないとしても巨人側の視点でいえばその後が良くなかった。勝ち越しを許し、浦田は一瞬、うなだれた。油断、諦め。そんなようにも見えた。巨人軍の指揮官が嫌うやつだ。一方、阪神の視点でいえば、この瞬時の隙を逸さず二塁から一気に生還した坂本誠志郎の好判断を称えなければならない。三塁コーチ田中秀太も手を回していたが、「回してください」といわんばかりの素晴らしい走塁であり、よくタッチもかいくぐった。
逆転の八回を巻き戻せば、敵将の計算を狂わせた先頭打者・佐藤輝明の一打が抜群に効いた。阿部慎之助は七回からマウンドへ送った左腕の北浦竜次に回をまたがせたわけだが、これは結果にかかわらず「佐藤輝まで頑張ってくれ」という起用だったと思う。左腕で輝を凌いで大山悠輔のところから右腕の船迫大雅を…そんな継投を算段していたと想像するが、輝は北浦の直球を左前へ。強振せず、出塁に徹した巧みな仕事が全ての起点になったわけだ。その後、大山が四球で出ると、中川勇斗も仕事を果たした。2球目を完璧に殺した犠打は特筆ものだった。
自分の役割を全うし、フォア・ザ・チームで戦う組織は強い。=敬称略=
