無死満塁、併殺OK
【10月5日】
いやぁ驚いた。昼間、西の方から届いた一報に思わずうなってしまった。カープ球団の人事発表である。打撃コーチの石井琢朗と外野守備走塁コーチの河田雄祐が今季限りで退団するという。カープのスタッフ、選手から2人の話をよく聞いた。デイリースポーツの鯉番キャップが「監督の右腕ですから」と話すように、緒方孝市の信頼も厚く、彼らなしに連覇はなかった…そういうチーム関係者も少なくない。
とりわけ石井の功績についてはこれまでもよく聞いていたが、攻撃面の数字を見れば説明を受けるまでもない。既にレギュラーシーズンを終えているカープの成績に目をやってみる。全143試合で積み上げた総得点は「736」。12球団No.1である。そもそも、セ・リーグで600点に届いたチームが一つもないのだから、2位以下を寄せつけない、ダントツの決定力を誇っていたことになる。
石井を師匠と仰ぐカープ打撃コーチの東出輝裕が教えてくれた。
「琢朗さんがチームにもたらしたものは本当に沢山あるんですけど、まず選手の気持ちを楽にしたことが大きかったと思います。例えば、ノーアウト満塁のチャンスで打席が回ってくる。ゲッツーでもオッケーなんだと、ずっと選手に言っていました。内野ゴロを狙って打ったわけではなく、ヒットを打ちにいってゲッツーになっても、琢朗さんは手を叩いて『いいじゃん。1点入ったじゃん』って…。そう言われると、選手は凄く楽になるし、またその1点が最後に効いて勝ったりするんですよ」
東出は「僕が現役の時に琢朗さんがコーチだったら、もっとひきだしが増えて、違う野球人生になっていたかもしれない」と言う。
この日、カープの番記者に囲まれた石井は自身の指導哲学を聞かれ、こんなふうに答えたそうだ。
「(指導の信念は)カタにはめないことです。理念、理想を選手に押しつけることはコーチの仕事ではない。いろんな状況に応じて指導できるかどうか…そう思ってやってきた。僕はまだまだ勉強。(優勝は)選手全員でたどりついた1番。僕は何も作っていませんよ。選手が作ったものです」
カープの先発オーダーはすべて基本的には石井が考えたものだったと聞く。それほど、緒方から頼りにされていた存在だったのだ。
25年ぶりの優勝を決めた一年前のこの時期、東出は石井から不意に相談されたという。「何時からなら、できる?」。日本シリーズ直後に行う秋季キャンプの開始時間についてだった。選手の練習量を確保する為、できる限り朝早くからスタートさせたい。ただし、物理的に無茶はできない、と…。
「8時からなら、可能です」
「分かった。そうしよう」
石井はV1の余韻に浸ることなく、連覇へ向け、常に二歩も三歩も先を見据えていたそうだ。
なぜ、CS前のこの時期に功労者の退団が公表されたのか。取材によれば…いや、詮索しないでおく。ただ、はっきり言えることがある。カープの選手は団結してくる。恩人のために。=敬称略=