2カ月間の「0」

 【5月31日】

 良いことはあまり触れないほうがいい。この世界ではよく言われる。好記録が続いているときほど黙っておく。触れると、壊れてしまうから。例えばノーヒットピッチング。先発投手が六~七回まで完璧に抑えていると、記者席はざわつき始める。けれど「いつ以来…」など快挙の記録を調べた途端、カキ~ンとヒットを浴びる。これ「野球記者あるある」である。

 良いことだから、触れないでおこう。そう思っていたのに、本人が触れた。千葉に来る直前、能見篤史とじっくり話をする機会があった。こちらが「ボールの高低」の話を振ったのがいけなかったのか…。能見は自ら切り出した。

 「僕、まだホームランを1本も打たれてないでしょ」

 あっさり言うたね~。あえて聞かないようにしていたのに。その通り。能見はセ・パ12球団のローテーションメンバーでただ一人、被本塁打「0」の投手である。

 ロッテを封じたこの試合も「0」本塁打で、開幕から9試合被弾なし。本紙の記録部に確認すると、能見の「無被弾」は12年の27イニングが最長記録。53イニング被本塁打「0」だから、自己記録を大きく更新する夜になった。

 実は…能見はプロ13年間で登板1試合目での被弾が7度あった。昨季の被本塁打はチームワーストの「17」。2カ月間の被本塁打「0」は38歳の新境地であり、アラフォーで「進化」を遂げるこの記録はとても誇れるものだと思う。

 「本塁打を1本も打たれない」秘訣は何なのか。言っちゃった以上、ねっこり取材するしかない。

 「最近はずっとボールを押しこめている感覚があるんですよ。それができることによってボールの強さも出る。押しこめるということは、前でリリースできているということなので…。回を追うごとに余力は減っていくわけで、体力的にもへばってくるわけだから、そこで意識的に腕を振って高さだけは間違えないように…。低め低めに投げるようにしています。要所でいくらギアを上げても、高低を間違えたらガツンといかれるので。ホームランを打たれていないのは、僕にとっていい傾向です」

 きまぐれな風が舞う幕張の夜。スタンドの記者席でひそかに気をもみながらゲームを追った。能見がマウンドに上がる度、スコアボードのフラッグを確認した。四回に内角の直球をミートした大嶺翔太の大きな飛球がレフト左へ飛んだ。風はフォロー。ファウルになったけれど、「危ねえ。ちょっと高いんちゃう」とオッサン記者の独り言が出てしまった。

 「きょうも高めにいかないように投げましたよ」。能見はそう言って球場を後にした。打線との兼ね合いで勝ち星が伸びない今季。それでも、1点台の防御率を見れば好調ぶりがはっきり分かる。そして、千葉の夜を乗りきった背番号14に新たなモチベーションが加わった。さあ、こだわりの最長レコードはどこまで伸びるだろう。低く、低く…。押しこんで、押し込んで…。次回も記者席で独り言が増えそうだ。=敬称略=

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