祈る…左打席
【3月24日】
AKB担当をやってくれないか。ある日突然、上司からそんな指令が下ったら僕はどう反応するだろう。駆け出しの頃に芸能の現場をかじったことはある。けれど、今はちんぷんかんぷん。会社のために頼むぞ。そう言われれば、ハイ!と言うしかない。プロの記者として長年この世界にいる。それでも本音は、ウソやろ…である。
「スイッチ、やってみろよ」
昨秋、久慈照嘉から両打ちを薦められた大和は「ウソやろ」とは言わなかった。「やってみます」と、冷静にうなずいたという。「中学でやったことがある」を経験者とは呼ばない。プロ12年目の新たな挑戦は大和にとっては唐突。でも、腹案をくすぶらせていた久慈にとっては待望なのだ。昨季のリーグ最多失策数に久慈は責任を感じている。「大和が不動のレギュラーになってくれれば」とずっと願ってきた。監督でも打撃コーチでもない。守備の責任者が大和の打撃スタイルにチャレンジを促した事実はインパクトがある。
以前、当コラムで守備コーチ泣かせの原稿を書いた。昨季、阪神の併殺成功数は12球団最少だった-。読んだ久慈は仏頂面で言う。
「大和が二塁をずっと守っていたら普通にゲッツー取れてるよ」
大和は今年30歳。何ならもっと早く挑戦しても良かったのでは?そう考える人もいるかもしれない。だから、前指揮官の和田豊に会って聞いてきた。監督当時、大和のスイッチヒッターを考えたことは一度もなかったのかどうか。
「俺が監督の2年目かな。彼は右打席だけで2割7分以上(・273)打ったんだよ。あの守備力と足があってそれだけ打てていたから、考えないよな。本当はその数字が最低ラインで年々上積みできていたら良かったんだけど、思ったほど伸びなかったのがな…」
昨季のデータを見てみる。大和は対左投手に打率・286を残す一方、対右は・191まで落ち込む。金本知憲が久慈の打診を二つ返事で了承した理由には実はそんな要素も絡んでいるのだ。
プロ入り後、一時期スイッチに挑んだ経験を持つ和田は語る。
「もう右打席で右投手と対戦することはなくなる。例えば右対右でシュートを苦手にしているなら、その球は省けるわけで…。一から左を作り上げるのは難しいけど、そういう利点もある。あと、難しいのはバント、小技だよな…。左でやったことがないんだから、相当、練習しないといけない」
1点リードの八回、無死一塁から大和が犠打を決めた。オリックス佐藤達也の140キロをうまく殺し、走者を進めた。彼が左打席でバントする姿を見るのは初めて。三塁ベンチに目をやると、誰よりも手をたたいている男がいた。
「右打席で長年やってきて毎年結果がそう変わらないのなら、新しいチャレンジはありじゃないのかなと思ってさ。打ったらホッとする?そりゃあ、そうだよ」
大和の再生を久慈は願っている。一級品の守備力を腐らせるわけにはいかない。ただその一心で。=敬称略=