フェニックスの夜

 【3月22日】

 バリー・ボンズのホームランが何度も飛び込んだ入江を眺めながら、金本知憲は白い息を吐いた。ガクッと肩を落とし、球場を出る侍ジャパンのファンたち…。その群れに紛れながら、ジャイアンツの本拠AT&T Parkからサンフランシスコ市街へ車を走らせた。道中、金本が語った後輩へのエールを今でもよく覚えている。

 「ここで芽生えた気持ちをタイガースへ帰ってからも必ず思い出して欲しい。俺も経験があるけれど、選手というのは、長いペナントレースを戦う中で、モチベーションが低下してしまうことが少なからずある。勝っているときはいいんだけど、チームが負けているとき、沈んでいるときにこそ、こういう気持ちで野球をやらなければいけないんだと感じて欲しい。WBCを経験した者にしか分からないものが必ずあるはずだから」

 2013年のWBC準決勝を当時本紙評論家だった金本と一緒に現地で観た。プエルトリコ戦に敗れた後、金本は日本代表の阪神勢に触れ、日の丸を背負った1カ月間の経験をぜひともチームに還元してもらいたいと話していた。

 あれから4年。小久保ジャパンも準決勝で姿を消した。この日、阪神の選手、関係者は福岡市内のチーム宿舎で大一番をテレビ観戦。ヤフオクドーム到着後もアメリカ戦の話題で持ちきりだったので前回大会が懐かしくなった。今回、藤浪晋太郎が帰国すれば、金本はかつて能見篤史、鳥谷敬に求めた同じ注文をするかもしれない。主戦でないにしろ、日の丸の重圧を共有してきた侍だ。経験者のみぞ知る情熱を存分に還元すれば、若いチームのアクセントになる。

 開幕まで10日を切った。先発投手の頭数を指で折る金本は藤浪の実戦不足を危惧している。でも僕はやはり前回代表の侍が心配になる。2割の打率や失策数の多さじゃない。定位置を譲り再出発した鳥谷の情熱、その温度がなかなか上昇してこないように映るのだ。

 もう時効なので書く。4年前、金本はアメリカで鳥谷に直接本音を聞いていた。山本浩二ジャパンが日本ラウンドを勝ち抜き、アリゾナ州フェニックスに到着した夜だ。阪神勢の後輩をステーキ店に誘った金本は「どんな気持ちで戦ってるの?」と真顔で尋ねた。

 「やっぱり、全然、違います。こんな気持ちになったことは今までないかもしれません…」

 鳥谷の熱い口ぶりがとても頼もしかった。だからこそ金本はサンフランシスコで「タイガースへ帰ってからも…」と期待したのだ。

 能見、鳥谷といえばともに試合中は感情を顔に出さないタイプ。それだけに特に鳥谷の激変ぶりはインパクトが強く、金本は「トリのあんな表情、記者も皆、見たことないだろ」と話していた。力強く拳を突き出し、吠える姿…。当時取材したところ、鳥谷から代表の話を伝えられた若い選手は少なくなかった。4年前の鳥谷を知るから、思う。もう一度、どこかであのときの熱気を見せてもらえたら嬉しいな、と…。=敬称略=

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