「切腹-」から7年

 【3月18日】

 星野源の「恋」が軽快なリズムで球春を告げる。甲子園で第89回選抜高校野球大会が開幕する。本拠を球児に明け渡した阪神は関東遠征のオープン戦で最終調整を行う。虎戦士のセンバツを振り返ってみると、各々にドラマがある。

 ここ10年なら個人的に衝撃を受けたのは2010年の82回大会。島根開星が初戦で21世紀枠の向陽に敗れ、監督の野々村直通が「末代までの恥。切腹して死にたい」と発言したあの事件を思い出す。この舌禍はもちろん物議をかもした。礼節を欠くなど、大きな批判も浴びた。羽織袴で抽選会に出席する、その独特のいでたちを見ても野々村は個性的な監督である。ただし、僕の取材の限り相手校に無礼する指導者ではない。ならば、野々村を自暴自棄にさせるまで追い込んだ理由は何だったのか。

 広島のジム「アスリート」代表の平岡洋二は開星のトレーニング指導を通じて、野々村と親交がある。金本知憲も長年師事した平岡は言う。「あの年、野々村さんは初めて勝ちに甲子園へ行ったから」。1勝、2勝じゃない。山陰の名将は全国制覇を狙えるチームと自負し、聖地へ乗り込んでいたという。前年秋の中国大会で広陵、関西を撃破。優勝を果たし、文句なしで勝ち取ったセンバツ。思い入れの強い、自慢のチームなのに…。報道陣から敗戦の弁を求められ、思わず「末代まで-」と吐き捨ててしまったのだ。

 当時開星の3年で最強チームの星だった教え子が阪神にいる。ルーキー糸原健斗。昨秋ドラフトで5位指名された巧打の内野手だ。糸原の名前を高校球界に知らしめたのは1年秋の中国大会。9打席連続安打を放った15歳の非凡な打力は地元紙で派手に見出しが躍った。甲子園で脚光を浴び損ねたが、その後明大を経て、JX-ENEOSでプロへの道を切り開く。

 開星監督を退任後、教育評論家として再出発した野々村は昨秋京セラドームで社会人野球の日本選手権を観戦した。お目当ては阪神入りの決まっていた糸原。久々に関西のメディアに囲まれた野々村は穏やかな顔で言った。「あいつは梶谷らと違ってチビだったけれど、僕が見た中で一番、魂がある子。金本監督のスパルタに耐えて、はい上がっていってほしい」。

 野々村のもう1人の教え子、DeNA梶谷隆幸は腰痛で不在だった。開星同士のマッチアップは本番までお預けだが、糸原が大成すればこのカードの楽しみも増える。3・31の開幕まで2週間を切った。ドラ1の大山悠輔は2軍で調整している。1軍野手唯一の新人はこの日、途中出場で三塁を守った。限られた機会で結果を求められる立場だが、七回の打席で「H」を灯せない。それでも、オープン戦打率は3割超。試合後、ハマスタの通路で金本にぶつけてみた。開幕ロースター、そして今季の構想に糸原の名前はあるのか。

 「あいつは体も強い。球際も強い。間違いなく入っているよ」

 末代まで-から7年。糸原の魂は鉄人監督の肝いりになった。

          =敬称略=

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