バッキーさんと天国でキャッチボールを 異国から来た苦労人との交流 元阪神担当記者が小山さん追悼
元阪神投手の小山正明(こやま・まさあき)さんが18日午前11時20分、心不全のため死去した。90歳だった。デイリースポーツの元阪神担当記者が、ユニホームを脱いでからはデイリースポーツの評論家として活躍した故人を悼んだ。
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私のスマホに小山さんの動画が残っている。現役時代の1960年代、共に阪神投手陣を支えたジーン・バッキーさんへのメッセージだ。
2019年6月。本紙駐米記者がバッキーさんを取材する機会があり、小山さんを慕っていたバッキーさんへの手土産にと撮影した。
記者がバッキーさんに動画を見せると、涙を流して大喜びしてくれたという。その動画を再生してみた。
「僕はなあ、もうなあ、年取ってなあ。フラフラや。でも女性はきれいに見えるぞ。ユーはどうや?奥さんが亡くなられたのは残念だなあ。僕も女房が亡くなってお互い寂しさはあるけど、ジーンがんばろうで」
1962年、ジャパニーズドリームを目指して来日したバッキーさんと小山さんが初めて会ったのは西宮市内の練習場。「スパイクのつま先が破れて、親指が飛び出してたんや」(小山さん)という異国から来た苦労人をいつも気にかけていた。野球のアドバイスだけでなく、時にはバッキーさんの自宅へ行って、夫婦げんかの仲裁に入ったこともあったという。
バッキーさんは記者を通じて返信の動画を送ってくれた。「今年の夏には日本へ行くよ」。その3カ月後、伝説の助っ投は天国へと旅立った。
小山さんの動画の最後にはこうあった。
「また会ったときに、いろいろ話をしよう」
今ごろはキャッチボールをしながら…。(デイリースポーツ報道部長・岩田卓士)
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