猛虎のレジェンド佐野仙好さん 母校の前橋工で“孫”たちを指導 名門復活へ「やり甲斐感じます」

 元阪神タイガースの外野手で、1985年の日本一メンバーでもある佐野仙好さん(72)は現在、拠点を郷里の群馬に移し、母校の前橋工でコーチ指導をしている。“マエコウ復活”を目指し、孫のような選手たちと一緒に汗を流す。

 「今は充実してますよ。ゴルフをしたり、野球を教えたりして、楽しくやってます」

 2020年末を最後に長年在籍した阪神を離れた佐野さん。その後、学生野球資格を回復し前橋工で指導するようになった。

 16年の現役生活後はコーチ業を挟み、アマスカウト部門で好選手を発掘してきた。18年ぶりのリーグ優勝を果たした現メンバーの大半は現場トップの統括スカウト、スカウト顧問時代に獲得した選手たちだ。残した功績は大きい。

 だが、立場のまったく違うアマチュア指導者として実感することがある。

 「スカウトはまず選手のリストがあって試合や練習を見るんですが、今は何もない真っ白なところから、選手の何を引き出せばいいのかを考えながらやってます」

 つまり力量も個性も違うそれぞれの選手の特長に合わせて、ゼロから指導していく。

 「みんなを同じ型にはめようとしてはダメですから。この子にはこういう打ち方がいいとか、本人と話をして伝える。選手はちょっとしたことでガラッと変わるから教え甲斐がありますよ」

 甲子園大会には春4回、夏9回出場し、通算15勝している前橋工も、2010年春の出場を最後に低迷している。

 佐野さんは1968年夏、2年生で出場した。初戦で奈良の智弁学園に敗れ悔しい思いをしたが、「三塁から一塁までが遠く感じられた」という甲子園球場の記憶が強く残っている。それは貴重な体験だった。

 中央大学からドラフト1位指名で入団したのが甲子園球場を本拠地とする阪神。縁があったのだろう。

 『ずっと弱い状態のマエコウを応援してくれないか』

 同校OBからのコーチ要請に「手助けしたい」との思いが湧いてきたのが昨年の夏前。「週に2、3回」だが、母校の“復活”を願う気持ちから、年の離れた後輩たちと泥にまみれることを決めた。

 かつて前橋工のグラウンドは利根川の河川敷にあり、整備状態はよくなかった。

 移転した今は学校のそばにグラウンドが造られ、「室内(練習場)や照明(設備)もあって、高校ではトップクラスでしょうね」と話す。

 練習する環境は整っている。ただ、トップクラスの選手は他校へ流れていくのが実情だ。夏の群馬大会も初戦敗退が続き、今年は久しぶりにベスト16まで勝ち進んだ。

 新チームで臨んだ秋季大会は2回戦でコールド敗退。近年は健大高崎や前橋育英などの強豪私学に押され、上位進出には厳しい状況が続く。

 しかし、少しずつだが、チームに変化が出てきた。バットやグラブの操作、体の使い方を細かく説明していくうちに、「野球が楽しくなってきた」という前向きな声が聞こえ始めた。

 佐野さんの話に興味をもち、耳を傾け、理解が深まると、今度は自分で考えて練習するようになり、取り組み方も変わってきたから、「すごくやり甲斐がある」という。

 夢は名門復活。甲子園出場なのだろうか。

 「そう簡単にはいかないですよ。強いのが一番ですが、マエコウの野球部に入ってよかったと言えるような思い出を作ってもらえれば。その手助けができればと思ってます」

 佐野さんは“第二の人生”の楽しみを、いつものように飾らない控えめな言葉でそう語った。

(デイリースポーツ/宮田匡二)

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