大川小学校津波、大量流木確認 河口の松林流失、被害拡大
2011年の東日本大震災で児童74人が犠牲になった宮城県石巻市の旧大川小学校に当時、津波で大量の流木が押し寄せていたことが4日、発生12日後の航空写真を基にした高精細3次元(3D)画像で分かった。河口付近の松林が流失、約4キロ内陸の北上川沿いにあった同校まで運ばれたとみられる。複数の遺族は長年「流木が凶器となり被害が拡大した」と指摘しており、主張が裏付けられた。津波の破壊力や早期避難の必要性を伝える資料になる。
共同通信は11年3月23日、重機によるがれきの撤去作業が行われていた現場を上空から撮影。222枚の写真を基に今回、一橋大の谷田川達也准教授(コンピューターグラフィックス)の協力で最新のデジタル技術を使って立体化した。
画像では根こそぎ抜かれた流木が校庭に山積していた。3年の長女が亡くなった只野英昭さん(54)は「ジャングルジムのように流木が折り重なり、土石流のようだった。あの津波が単なる水ではなかったことが3D画像であらためて分かる」と強調する。
