対イラン軍事行動から1カ月 生存を懸けたイランの「抑制」と「威嚇」の戦略
2026年2月28日に開始された米国・イスラエル連合軍による対イラン軍事行動から、1カ月が経過した。ハメネイ最高指導者の暗殺という、国家の根幹を揺るがす事態に直面しながらも、イランの対応は計算された二面性を見せている。現在の中東情勢は、武力衝突の激化という表層的な動きとともに、イランによる高度な政治的生存戦略が見え隠れする。
これまでの衝突において、イランは自らを「明白な侵略の被害者」と規定することで、国際社会における道義的優位を確保しようとしている。主権国家に対する先制攻撃、および国家指導者の暗殺は、国連憲章が禁じる武力行使の典型例であり、明確な国際法違反である。イランはこの明白な違法性」逆手に取り、外交の場では徹底して被害者としての立場を強調してきた。
■イランの報復攻撃は「寸止め」の範囲
一方、軍事的な報復は可能な限り抑制的に努めている。イランはイスラエル本土や周辺国の米軍基地を標的としたものの、その規模は相手側の全面的な反撃を誘発しない「寸止め」の範囲に留められている。この自制は、弱さの露呈ではなく、むしろ高度な戦略的判断によるものだ。過度な報復によって国際的な非難を浴びることを避け、逆に「攻撃を受けながらも地域全体の破滅を回避しようとする責任ある国家」というイメージを構築することで、欧州や中南米、アジア諸国からの同情、あるいは沈黙を引き出そうとしている。
しかし、イランの戦略は単なる平和主義ではない。報復の過程で、米軍基地を受け入れている湾岸諸国やヨルダンなどの周辺国に対しても、ドローンやミサイルによる限定的な攻撃や威嚇を行っている。これは「米軍を支援すれば、その対価を支払うことになる」という強烈な警告である。
■国際社会に「遵法精神」説き、近隣諸国に「物理的実力」誇示
この行動は周辺国からの反発を招き、イラン批判を広げる結果となった。だが、イランの狙いはその先にある。周辺国に軍事的リスクを突きつけることで、結果としてこれ以上の対イラン包囲網への協力を躊躇させ、米国・イスラエルの作戦遂行能力を間接的に削ぐ狙いがある。つまり、国際社会には「遵法精神」を説きつつ、近隣諸国には「物理的実力」を誇示するという、使い分けを行っているのである。
また、イラン政府にとって真の戦場は国境の外だけではない。国内では経済停滞や閉塞感からくる政府への根強い不満が存在しており、大規模なデモやクーデターの火種は常にくすぶっている。ハメネイ師の死という権力の真空が生じた今、体制の動揺は即、崩壊へと直結しかねない。
ここで、政府が展開する「強い対応力」の演出が意味を持つ。報復攻撃の映像を国営メディアで繰り返し流し、外敵に対する毅然とした態度を強調することで、国民の愛国心を刺激し、政府への不満を外へと逸らす「スケープゴート戦略」を徹底している。同時に、高度な軍事技術を見せつけることは、国内の反体制派に対して現政権は依然として健在であり、いかなる蜂起も不可能であるという強烈な威圧メッセージとして機能している。
■現体制維持を死守、その先にあるのは
攻撃から1カ月、イランは軍事的に甚大な被害を受けながらも、政治的には未だ崩壊していない。国際法を盾にした外交的防御、周辺国への計算された脅し、そして国内向けの力強い広報活動。これらを組み合わせることで、イランは自らの政治的に有利な立場を死守し、現体制の維持を図っている。
しかし、この均衡は極めて危うい。トランプ政権下の米国がさらなるエネルギー施設への攻撃を行い、軍事的ハードルがそもそも低いネタニヤフ氏がさらなる攻撃を実施すれば、イランの「抑制と威嚇」のバランスシートがいつまで赤字を免れられるかは不透明である。国際社会は今、この戦略的な静寂が、さらなる爆発の前触れか、あるいは新たな秩序への移行期間なのかを見極めるべき局面に立たされていると言っても過言ではない。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)CEO, Strategic Intelligence Inc. / 代表取締役社長 専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障、地政学リスクなど。海外研究機関や国内の大学で特任教授や非常勤講師を兼務。また、国内外の企業に対して地政学リスク分野で情報提供を行うインテリジェンス会社の代表を務める。
