移動を重ね、子育てを終え…高齢ホッキョクグマ2頭が暮らした浜松市動物園 いのちをつないだ34歳と26歳の余生に寄り添った飼育員の思い

バフィン34歳、ユキ26歳。ホッキョクグマとしては高齢のメス2頭が「余生」を送る浜松市動物園。他の園館で繁殖、子育てを終え移動しました。高齢ゆえの飼育の難しさ、やりがいとは。寄り添う飼育担当に話を聞くと、命を守り、次へとつなぐことへの強く温かい思いがありました。

◇  ◇

ホッキョクグマ飼育園館では日本動物園水族館協会の管理計画により、繁殖目的の移動が行われています。

バフィンは2011年3月、浜松から天王寺動物園のゴーゴのもとへ。2014年11月、メスのモモを出産。2016年6月、モモと一緒に浜松へ戻りました。ユキは姫路市立動物園から2019年3月、秋田県の男鹿水族館GAOの豪太のもとへ。2020年12月、オスのフブキを出産。2024年3月、浜松へ移動。モモが男鹿水族館へ移り、2025年12月に出産。オス1頭が育っています。

浜松では先日、バフィンとモモの子育てをテーマにガイドイベントを開催。それはバフィンが静かに旅立った翌日でした。担当の松下美砂子さんに聞きました。

ー天王寺へバフィンを送り出した時の思いは

「バフィンなら大丈夫! あなたはとても貴重な存在なんだよ、仲間を増やすために頑張ってきてねと送り出しました。当時20歳で、それまで3度の出産経験があり、環境さえ整えば子育てできると思っていました」

ー無事に出産、子育てを終え、娘モモと帰ってきました

「当時の担当は、とにかくモモが活発なのでケガがないように気を使い、エサはモモがまず食べるのでバフィンが痩せてしまわないか心配するほどだったと。モモは3歳まで授乳し、とても仲が良かったのですが、ある時バフィンが突き放したのをきっかけに、別々になりました」 

「バフィンの性格はとても神経質」と松下さん。天王寺での飼育担当、下村幸治さんも「神経をすり減らして子育てしていました。泳ぎを教える時はスパルタな一面も見せ、立派にお母さんしていました」と振り返り、「バフィンは高齢での出産、高齢での初めての子育ても可能なことを私たちに教えてくれました」とその功績を讃えます。

ユキも、男鹿でフブキを育て上げ、浜松へ。当初はエサをあまり食べず、「何なら食べてくれるのか」と試行錯誤したという松下さん。その性格は「優しい。ユキは本当に優しいです」と話します。子育て時代もその性格ゆえか、「争うくらいならエサはいらないという感じで、それが子育てにも出ていたと感じます。フブキにエサを横取りされ怒ることもありましたが、しつこいので諦めていました」と男鹿水族館の担当飼育員、田口清太朗さん。

現在、バフィンの娘モモの子育てを間近で見ている田口さん。「神経質すぎず、放任しすぎず、バランスの取れた子育てをしている」とのこと。

移動を重ねた高齢のホッキョクグマを飼育する浜松市動物園。

ー高齢ゆえの難しさは?

「エサの調整ですね。それまで食べていたものをあまり食べなくなったりがありますし、食べすぎると胃腸に負担がかかり良くありません。バフィン、ユキがどうしたら穏やかに過ごせるかを考えてきました」

ーバフィンの体調が心配されていました  

「目からの出血などがありました。見ると驚かれることもあるので、説明したり、掲示物でお知らせしていました。人間も同じで歳を取ると仕方ないこともいろいろありますよね。隠すのではなく、高齢になっても頑張って生きている姿を見ていただきたい、そう思いました」。

ーしばらく部屋に帰らなかったと

「10日間ほど戻りませんでした。エサをちゃんとあげられないですし、ユキが外に出られません。バフィンが最後に口にしたのは、アザラシオイルでした」

その朝、バフィンはユキの部屋の前で横たわっていました。

「久しぶりに外に出たユキは、バフィンの部屋の扉の前に来ました。いないことが分かったんだと思います。何か感じたんでしょうね」と松下さん。翌日、予定通り行われたガイドイベントのタイトルは、「バフィンとモモ いのちのつながり」。多くの人が数々のエピソードに耳を傾けました。

「うちで繁殖をと言うと難しいですが、広さがありますので、若い個体や、今のように高齢個体を受け入れる場としての役割があると思います。バフィンもユキも出産経験があったから、移動がありました。その子たちの命も、今につながっていると思います」と力を込めました。

(まいどなニュース特約・茶良野 くま子)

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