「自分より子猫にご飯をあげてほしい」そう頼んだ野良猫は“太陽”のような存在に 保護猫活動への道を照らしてくれた

子猫にご飯をあげてほしいと、餌やりボランティアさんにお願いした猫がいます。大阪府のマルヲくん(当時、生後8カ月)です。2003年10月、冷たい秋風が吹く日でした。

この時の餌やりボランティアで、現在、保護猫団体「十三さくらねこの会」の代表を務める原田玲子さんは、この日のことを思い出し、こう言います。

「私の価値観を180度、変えられました」

■人間の価値観を打ち砕く猫

当時、原田さんは法律関係の仕事をしており、毎日自分の権利主張ばかり訴える人とばかり接していました。原田さん自身もバブル世代ということもあり、自分の楽しみばかり優先。他人を押しのけてでも、昇り詰めることが「是」とされていた時代です。

そんな時、目の当たりにしたマルヲくんの利他精神。自分よりも子猫にご飯をあげてほしいという頼みは、原田さんのそれまでの価値観を打ち砕きました。子猫にご飯をあげたところで、マルヲくんには何の得にもならない。なのに、そうしたいマルヲくんの優しさが心にすぅっと入ってきたのです。

マルヲくんが連れてきたのは、生後2カ月ぐらいのグレーの女の子。原田さんが出してくれたご飯を一気にかきこみました。よほどお腹が空いていたのでしょう。マルヲくんが連れてこなければ、餓死していたかもしれません。

余談ですが、この時の子猫は、マルヲくんと原田さんのおかげで命をつなぎ、17歳の天寿をまっとうしました。最後までお家には入らず、お外で暮らします。避妊手術の時に怖い思いをしたため、人間に慣れることはありませんでした。それでも、原田さんの視界に入る場所にいてくれたのです。

マルヲくんは保護されるまで、この子猫を見守り続けました。

■このまま病院で死なせてはいけない

2003年ごろは、まだTNRが今ほど浸透していません。原田さんは「猫を増やしてはならない」という思いはあるものの、雌猫の避妊手術だけで精一杯でした。

そんな折、マルヲくんが縄張り争いに負け、大怪我を負う事件が起きます。首元から大量の出血があり、下半身が動きません。普段なら誰かを助けるはずのマルヲくんが、この時ばかりは人間に助けを求めました。発見したのは原田さんです。

血まみれで這うマルヲくんの姿に、原田さんは去勢手術の大切さを痛感したと言います。発情期があれば、雄猫同士の喧嘩は避けられない。もっと早く去勢手術をしていたら…。

後悔先に立たず、まずはマルヲくんの治療が重要です。動物病院での見立てでは首の傷は治っても、下半身不随は一生このままかもしれないと告げられます。様子を見るために入院することになりました。

マルヲくんはもう二度と、外で暮らすことは出来ないでしょう。原田さんはマルヲくんを家に迎える決意を固めます。

「病院をマルヲの安住の地にしてはいけない」

その思いで、入院費を稼ぐため激務をこなします。動物病院へは、同居していた両親がマルヲくんに会いに通いました。

■この子は怯えているだけ

原田さんの祈りは、天に届いたよう。一時は酸素室に入らなければならないほど重症だったのに、気が付けば看護師さんたちを威嚇するほど元気に。動かなかった下半身も動くようになり、手が付けられないほど活発に。動物病院からは「早目に迎えに来てください」と言われる始末。入院から約3週間経っていました。

退院後はもちろん原田さんの家へ。やれやれ一安心だと思いきや、今度はマルヲくんが家族に全然慣れてくれないのです。先住猫たちとは仲良くしてくれるのですが、原田さんたち人間には「フー!シャー!」。この時、原田さんは気付いたのです。

「マルヲは怯えているだけなんだ」

今まで「嫌い」の意味で「フー!シャー!」をしていると思い込んでいました。けれど、出会いから振り返ってみると、マルヲくんは原田さんのことを嫌ってなんかいません。むしろ好きなんです。でも、動物病院に連れていかれたことを思い出すみたい。お外にいる時は、仲間が動物病院に連れていかれた場面を見ています。

原田さんは猫を知っているつもりだったのに、「理解」していないことを恥じました。またマルヲくんに新しいことを教わったと感じたのだそう。

このままマルヲくんは3年ほど、原田さんたち家族に触れさせない生活を送ります。このマルヲくんの態度を原田さんは「安全な場所にいるから、それでいいや」と。

■寄り添うことしかできないけれど

さて、お家の子になったマルヲくん。持前の利他精神は、ここでも発揮されました。先住猫のリクくんは自分の要求が通らないと、ワーワー騒ぐ猫だったのですが、そんな時、マルヲくんが駈け寄ってくるんです。それからリクくんの背中をペロペロと舐める。するとリクくんは心が落ち着くよう。

原田さんが安心できる存在だと分かってからは、原田さんにベッタリ。原田さんが公益財団法人どうぶつ基金の援助を受け、2カ月で300匹のTNRをしていたころは、ずっと原田さんに寄り添いました。それはまるで、原田さんの苦悩が分かったかのよう。

「健康な猫のお腹にメスを入れることに、どうしても抵抗があったんです。それで毎日吐きながら過ごしていました」

そんな原田さんが帰宅すると、マルヲくんはお腹を見せてゴロン。原田さんはマルヲくんの中に顔を埋めて、泣くこともありました。マルヲくんはそんな原田さんを受け止め続けたのです。

つらい思い、寂しい思いをしている相手なら、誰でも癒そうとするのがマルヲくんです。そのマルヲくんの姿に、気難しいお父さんも「マルヲから学ばなければならない人間がたくさんいるな」と言います。何も持たないはずのマルヲくんから、与えてもらうことが多かったよう。そのマルヲくんが唯一できることは、寄り添うことでした。

その唯一できることで家族の心は温かく、軽くなったんです。

■太陽のような猫

2016年3月、マルヲくんは腎臓病で他界。推定13歳でした。マルヲくんが虹の橋のたもとへ旅立ち、間もなく7年が経とうとする中、原田さんはこう感じるのだそう。

「マルヲは、今でも私の太陽です。心を温めるだけでなく、明るく道を照らしてくれました。その道を進むエネルギーもくれたんですよ。マルヲと出会えたからこそ、自己中心的な自分と決別し、困っている猫のための活動を始められました。マルヲのように周りを温められる存在になりたいと考えています」

他者に尽くすことで得られる幸せ。それを教えてくれたマルヲくんは、離れていても原田さんの心を温め続けます。マルヲくんが心を温めてくれるからこそ、原田さんは今日も保護猫活動に邁進できるのです。

マルヲくん、原田さんをこれからもずっと見守ってあげてね。

(まいどなニュース特約・ふじかわ 陽子)

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