[孤独のグルメ]原作者によるリアルな「孤独のグルメ」 スマホを使わず勘だけで挑んだ「勝負の店」とは?

久住昌之さん原作の大ヒットコミック『孤独のグルメ』(作画:谷口ジローさん)。主人公の中年男が、独りで外食を楽しむ際の様子を描いた作品で、昨今のグルメブームを牽引した大ヒット作です。テレビドラマ化され、原作は世界中で翻訳版が発売されるなど、その影響力はいまだ継続中です。

ご存じの通り『孤独のグルメ』は「いい飲食店の紹介」だけの作品ではなく、むしろ多くの人が潜在的に感じている「その店」「雰囲気」「料理」を前にした際の心理描写が面白く、これがヒットの大きな要因だったと思います。

その心理描写は久住さんの圧倒的な観察力にあります。もともと久住さんは古くから「近所にあるラーメン屋さんの話」「友人のカメラマンの独特の価値観や言い回し」など、従来の作家やライターでは「言語化しにくい」ことをコラムで紹介する著書が複数あり、その観察力と自由で正直な感覚をもって、多くの読者が潜在的に持つ感覚を気づかせた人でもあります。

こういった「久住さんの視線」をさらに凝縮した一冊が刊行されました。『勝負の店』久住昌之・著(光文社)という本です。

■スマホの「答え合わせ」ではなく、勘だけを頼りに入店を判断

多くの人がその飲食店を前に「入るか、入らないか」をスマホで「答え合わせ」をするかのように調べてから判断するのに対し、本書での久住さんは、スマホなどはいっさい使わずに自身の勘だけを便りに判断します。

事前情報がない行き当たりばったりでの判断な上、いずれも「ちょっと入りにくいような」お店ばかりを選んで行くわけですので、ここはそのお店と久住さんとの「勝負」ということになりますが、その随所で綴られた久住さんならではの視線が面白く、「ジャケ買いならぬジャケ喰いレポート」あるいは「リアル『孤独のグルメ』」とも言うべき一冊です。

■「お店との勝負」に加え「昨今の風潮」への指摘も

本書では全国各地、はたまた中国・上海に至るまでの全38店舗に及ぶ「勝負」が綴られています。入りにくい店舗を前に、ときにひるみつつ入ってみた際の店主の様子、常連客の様子、肝心の料理の様子などが赤裸々に綴られており、久住さんの話のはずが、まるでその場に読者もいるかのような錯覚になります。

こういった描写の随所には、久住さんならではの「飲食店の美学」や「客がお店に対する心構え」とも言うべき話も綴られています。実は本書の面白さは前述の鋭く、ときに笑ってしまうレポートに加え、こういったドキッとした指摘にもあると思いました。以下にいくつか抜粋して転載します。

個性が何より偉いみたいな考えが蔓延している。「自分探し」なんてその際たるものだ。自分など探して見つかるものではない。隠そうとしても、滲み出てしまう部分こそ自分だ。奇抜な店名、度肝を抜く看板、目を疑うメニュー。そんなものは個性ではない。企画だ。瞬間芸でしかない。新規開店の店に、それが多い。行列が目的。話題性が一番。

この褐色暖簾ラーメン屋のラーメンには、時代を乗り越えてきた個性がある。だが、それが自分の舌に合うかどうかは、別。だから、勝負なのだ。

今の若者だったら、ここですぐスマホを出して「高円寺 ○○○」で検索するだろう。するとたちまち店内の写真や料理やメニューや、入った人の感想や評価が出てくる。しないんだよ、そんなこと、俺は。勝負だから(ちょっと、自慢)。自分の観察力と、想像力と、過去の経験と、研ぎ澄ました勘を総動員して、ここで飲食しようと決断し、勇気を奮って、店に入るのだ(ちょっと、大袈裟)。

ワインにしても、日本酒にしても、飲む前に酒の味を説明してもらうのは、店主には申し訳ないけど、ありがたい時と、聞いてるのがめんどくさい時がある。酒の説明は話芸でもある。つまり落語と同じだ。同じ話でも噺家によって面白かったり、退屈だったりする。名人は、寄席の空気を読むのだ。若い飲み屋の店主には、覚えた長台詞を台本を読まないで話せますよ、という感じで話すのがいる。寄席、おかまいなし。こちらの今の気持ち、空気を読もうとしない。勝手なテンポで知ってることだけペラペラ話す。聞いてる耳には、ちょっとも酒の味が入ってこない。ただ聞かされてる。退屈である。早く飲ませろ、となる。

■「スマホや情報ではわからないことがある」

これだけを読めば、やや辛辣にも聞こえ「手厳しいオジサンの話」に感じるかもしれません。しかし、その裏側には「長年その地で営業を続けた個人の飲食店」「その店を愛し通い続ける人たち」「そしてお客さんに少しでも良い味を提供しようとする店主の思い」「肝心の『味のある』料理」に対するアツい思いがあるように思いました。

そして、「そういった『空気』を含んだ飲食の面白くて大切な部分を、昨今の風潮が結果的に奪ってはいないか」という久住さんの指摘のようにも思いました。

これが間違いではなければ、前述のような「勝負の店と対峙するレポート」として楽しく読めるだけでなく「飲食店における大切なこととは何か」「スマホや情報ではわからないことがある」ということを久住さんが教えてくれる一冊でもあるように感じました。

■自分の勘が当たったときのドラマはかけがえのないもの

最後に本書の担当編集者にも聞いてみました。

「『おとなの週末』(講談社ビーシー)の同名連載の原稿で単行本未収録のものがたくさんあったため、1冊にまとめることにしました。

制作において難しかったのは、掲載店舗への許可取りです。小さな個人店がほとんどで、かつ、ご年配の店主も多く、『いつ閉めるかわからないから』『お客さんが増えるとちゃんと対応しきれないから』と許可をいただけないケースが多々ありました。許可をいただけなかったのは残念ですが、地元のお客様とともに歩んできたお店の真摯な姿勢が、そのひと言に凝縮されているようにも感じました。

また、興味深かったのはカバーイラストです。著者の久住先生と『泉晴紀』名義で長年タッグを組む、漫画家の和泉晴紀先生にお願いしたのですが、完成原稿をいただいてびっくり。久住先生がおこしたイラスト案と、いい意味で全然違う! 久住先生も『さすが和泉さんだなぁ!』『天才だ』と笑ってらっしゃいました。グルメエッセイとは思えないカバーイラストは、ぜひ実物を手に取ってご覧いただきたいです。

気心の知れた行きつけのお店で過ごす時間も楽しいですが、はじめて暖簾をくぐるとき、何を頼むか逡巡するとき、そして自分の勘が当たったときに飲食店で出会えるドラマはかけがえのないものです。飲食店の数だけドラマがあります。この本を読んだらきっと、これまで気になっていたけれど入れなかったお店に挑戦してみたくなるはず。手に取ってくださった皆様の日常に、より楽しみが増えますように!」(光文社・担当編集者)

(まいどなニュース特約・松田 義人)

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