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すべてを伏せて逝った石井隆監督を悼む “秘蔵っ子”伊藤洋三郎が明かすその人柄「恥ずかしがり屋で意地っ張り」

劇画作家で映画監督の石井隆さんが5月22日に亡くなった。享年75歳。日活ロマンポルノ映画『天使のはらわた 赤い眩暈』(1988年)で映画監督デビューして以降、『死んでもいい』(1992年)、『ヌードの夜』(1993年)、『GONIN』(1995年)、『フリーズ・ミー』(2000年)、『花と蛇』(2004年)など、男女の情念とバイオレンスを独自の美学に基づいて描き続けてきた類まれなる異才だった。そんな石井監督作品に最も多く出演し、“石井ワールド”のスパイスとして物語に深みを与えていたのが、俳優の伊藤洋三郎(67)だ。石井監督の“秘蔵っ子”として知られる伊藤が、唯一無二の才能を悼む。

「13作品もの石井さんの作品に出演していることもあって、周囲からは『石井監督の秘蔵っ子』と言われることもあります。けれど自分として“秘蔵っ子”なんて実感はありません。俳優として石井さんの作品を面白くしたいという気持ちだけだったというか、いい芝居をして石井さんを笑わせたかった。ただそれだけです」

■怒られると思った「ちょっといい?」

伊藤は1995年公開の映画『GONIN』から石井監督の遺作『GONIN サーガ』(2015年)までの計13作品に出演。最初に出演した『GONIN』では暴力団組員の中の一人という端役を演じ、セリフも一言、二言程度だった。そんな伊藤に石井監督は声をかけた。「僕の出番がすべて終わったくらいに『ちょっといい?』と石井さんから現場の隅に呼ばれて。撮影現場で疑問点があって確認する意味で意見を言ったりしていたので『怒られるのかな?』と思ったら『電話番号を教えて』と言われて」と予想外の展開に。それが長く続くことになる関係性の端緒となった。

伊藤は一時期個人で活動していたこともあり、オファーは石井監督からの直電が多かった。役名なしのワンシーン出演もあれば、地下SMクラブの白鳥男、変態サラリーマン、ベテラン刑事、究極のサディストといった重要なキャラクターまで、適材適所とばかりに石井監督は毎作必ず伊藤をキャスティング。伊藤自身もその期待に応えるかのように、ときに振り切れた怪演を見せたりして、石井監督のみならず映画好きの目も喜ばせてきた。『花と蛇』『人が人を愛することのどうしようもなさ』(2007年)では、二人の以心伝心の阿吽の呼吸さえ聞こえてきそうなほどだ。

■自分の生み出す作品に常に真剣

プライベートでもさぞかし仲が良かったのかと思いきや「二人きりで飲んだことはないし、芝居についての真面目な話もしたことがない。どうして俺を起用し続けるのか?なんて考えたこともないし、お互い照れ屋なので直接訪ねるというのも野暮。僕から『次回も出して!』と言ったこともありません」と打ち明ける。

石井監督亡き今となっては答えが出ることはないが、伊藤は「作品をずっとご一緒していたからといってYESマンになることもなく、“石井ファン”ではなく“対俳優”として常に接していました。石井さんからは『ウソがない奴だな』と思われていたのかもしれません」と一種独特な距離感が継続した理由を推察する。

伊藤曰く、石井監督は「純粋でへそ曲がりで恥ずかしがり屋で意地っ張り。人付き合いも苦手でコミュニケーションも不器用。唯一無二のセンスと作風を持っているのにも関わらず、自己顕示ができない人」とかなりのシャイである一方、「愚痴ばかりこぼすので『女々しい』なんて言われたりもしましたが、その反面、義侠心のある優しい人でした。人を騙したり、貶めたり、差別をしたりしない。自分の生み出す作品に常に真剣でした」と感性の細やかな人でもあったという。

■自分ひとりでケリをつける

そして自分の美学を最後まで貫き通した人でもあった。映画監督としても、ひとりの人間としても。周囲に住居も知らせず、癌で闘病していることも伏せていた。

「最後に会話を交わしたのは2020年初頭。『僕なんかダメです。誰も相手にしてくれませんからね』と相変わらずの調子でした。仕事場を整理して引っ越したと聞いたので新しい居住地を教えてもらおうとしたら『探さないでください、僕のことは。へへへ』と笑いながらはぐらかされました。闘病していることも知りませんでした。でも石井さんはそういう人です。自分をひけらかさず、自分ひとりでケリをつけるというか…」

虫の知らせだったのか、伊藤は亡くなる2日ほど前に石井監督に電話をしている。しかし石井監督が出ることはなかった。「調子がいいときは必ず掛け直してくれる。そうでないときは人と話をしたくないモードなのだろうと、特に気にすることもなく」といつものことだと思っていた。

訃報が届いたのは死去が公になった前日の6月9日。「石井さんの窓口を担っていた方から電話が来たので『悪い知らせじゃないだろうな?』と聞いたら、まさにその通り。誰にも告げずに黙って死んでいくなんて石井さんらしいなと…。涙は出ましたが、思わず空を見上げて『ありがとうございました!』と言っていました」と悲しいながらも、石井監督らしいピリオドの打ち方に納得できる面もあったようだ。

映画ファンが期待する「石井隆監督最新作」はもう二度とない。だが異才が手掛けた作品は漫画・脚本・監督作として残されており、亡き後も新たなファンを獲得し続けていくはずだ。「僕は一俳優として石井さんの映画に参加させてもらっただけの者。石井さんの代弁者ではありません。しかし自分の人生にとって石井隆監督という人との出会いは、一生に一回の“奇跡”であったと確信しています」。伊藤は感謝の念とともに、石井監督を悼んでいる。

(まいどなニュース特約・石井 隼人)

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