自民総裁選、ポスト安倍3氏に豊田真由子が感じた「気がかかりなこと」

このところ、「今後、次期菅政権の政策についてどう考えるか?」と聞かれることが多くあります。ただ、わたしは、他の候補の方の理念や政策も含めて、きちんと検討しておく必要があると考えます。なぜなら、政権与党を現時点で代表する3者が、「これだ!」と打ち出す理念や政策であること、そして、どなたが総裁になった場合でも、自説だけでなく、多様な意見を受け入れ議論し、切磋琢磨して、より良い政策を作り上げていくことが大切ですし、私たち国民にも大きく関わってくることだと思うからです。

そうした観点も踏まえ、総裁選告示日(2020年9月8日:本稿の執筆日)に行われた各候補の所見演説会と合同記者会見を見て聞いて、わたくしなりに、感じたこと考えたことを書いてみたいと思います。日本を思い、重責を担う覚悟の皆様に、敬意を表しながら。

■どんな方々のどういう決意表明だった?

岸田政調会長

優しきジェントルマン。真面目で堅実、権力闘争は苦手。

岸田さんらしさや力量が、発揮しきれてないかな、という印象を受けました。これまで安倍総理の後継と言われ、ご自身も周囲もそう考えてきたのに、この段階になって、思い切り梯子を外されてしまったわけです(理由もそれなりにあるわけでしょうが)。いろんな複雑な思いを噛みしめての登壇であったと思います。今回、こうした状況でも、くさらずがんばられる姿に、好感度が上がったとの声も聞きます。

石破元防衛相

勉強家の政策通。政界で子分を作るために必須の酒席(※いやこれがほんとに大事なんですが、その話はまた今度。)が少ないことについて、「もっと勉強して、日本中の地域を訪ね、声を聞かないといけない(時間が足りない)」と答える方。

総裁選4度目の挑戦の覚悟と貫禄がありました。単なる勝ち負けの問題ではない、自らの信念や歴史認識を語り、政治家として如何に生きようとしてきたか、を感じさせました(真意や主張が、聴き手に正しく伝わったかは、分かりませんが。)「34年間、愚直に生きてきた。もっとお利口さんに生きていけたかもしれないが。」は、思いの詰まった本音であったと思います。

菅官房長官

安倍政権の女房役、戦略家。無派閥と言われるが、実は若手を中心とする立派な派閥的グループの親分。

完璧な原稿。総務大臣や官房長官として、政権の中枢におられた中での実績を、個別具体的に、説得力を持って語り、かつ、多岐にわたる政策の方向性を語りました。(ちょっと総花的だったようにも思いますが。) 「私のような普通の人間でも、努力すれば総理大臣を目指すことができる」、世襲議員とは違うんだという強力アピールでした。

■ 政策について

(もちろん各候補、もりだくさんに検討なさっているわけですが、字数の都合上、一点ずつに限って、取り上げさせていただきます。)

(1)これは良かったなあ、と思う点

菅官房長官

7年8か月の官房長官等として取り組んできた施策を、思いや数字に触れながら、具体的に説明なさり、説得力がありました。例えば、赤坂迎賓館を国民に開放、災害対策のダムの事前放流、携帯料金値下げ、ふるさと納税、インバウンド等。政権中枢の実務を担ってきた方の強みといえば、まあそうなんですが。

石破元防衛大臣

「アベノミクスの果実が、地方、中小企業、女性には届いていないのではないか」「モリカケ問題について、世論は納得していない」等、与党にいながら、現政権に批判的な発言ができるのは、石破さんならでは。自民党には多様な意見があり、自浄作用を働かそうとはしているという党のアピールにもなったかと。問題は、石破さんが政権内部にいたとしても、同じことをおっしゃり、そして実際に、解決・改善できるかどうか、ですが。

岸田政調会長

4年7か月の外務大臣の経験は、岸田さんの強み。「オバマ米国大統領の広島訪問、慰安婦問題日韓合意、米英仏の核兵器国の外相が揃って広島原爆碑に慰霊したG7広島外相会合」等(宏池会のHPより。ご自身ではおっしゃらなかったので。) 演説最後の失敗談は、人間味を出そうと工夫なさったんだろうな。「自分自身が輝くのではなく、チームの一人ひとりを輝かせる」というのは、言えそうで、なかなか言えないセリフではないでしょうか。

(2)それはどうなのかなあ?これってどういうこと?と思う点

菅官房長官

・「ワクチンは来年の前半までに全国民に提供できる数量を確保(※)」

公衆衛生分野の人間としては少々引っ掛かります。基本的には、現在いろいろと名前が挙がるワクチンは、まだ治験の最中です。そうした中、どこのワクチンをどうやって? 新型コロナの抗体の持続期間等、不明な点も多く、1回接種か2回接種か、接種頻度はどれくらいか等も不明な中、「全国民への提供量」ってどのくらい? ワクチンや薬は、安全性と有効性の確保が絶対に必要な条件です。それらがきちんと確認・認可され、そして量産・流通して手元に届くことに期限を設けられるのかなど、疑問点が多いです。過度な期待を与えることは、ときに益よりも害になります。

(※編集部注)本稿執筆後、日本政府が1億2万回分の供給を受けることで合意していた、英アストラゼネカ社製のワクチンについて、英国の治験参加者に深刻な副反応が生じ、安全性への懸念から、治験が一時中断されていることが判明した。厚労省によると、現時点では将来的な影響は見通せないとのこと。

・「官邸主導」「縦割りの打破」

理念は分かりますし、大事なことだと思います。ただ、行き過ぎて深刻な悪影響が出ていることを危惧します。例えば内閣人事局。政治家が官僚人事に介入するという禁じ手が解禁されたわけですが、“エライ人”に物申したら左遷される(実際に多くの人が、涙を飲んでいます。)のでは、公正中立なまともな仕事はできません(某ドラマの銀行マンのようなカッコイイ倍返しは、残念ながらできません)。 公僕たる公務員に求められるのは、政治家や官邸に盲目的に忠実であることではなく、国のため国民のために真摯に励むことです。

「政治主導」の本質は、公務員の専門性や経験をうまく使いこなして、国民にとってより良い政策を立案・実行していくことであり、決して、自分たちに服従する人間だけを、自分たちに都合の良いように使うことではありません。(先般、検察への政治の介入は大いに問題になりましたが、その危険性や弊害は、官僚に対しても実は同じです)。

そしてなにより、こうしたことにより、政策を担う公務員の劣化や士気の低下、志望者の低減が起こっていることは、実は国民にとっての不可逆的な損失です。(わたくしが、元々役人だったから仲間をかばっているというような卑小なことでは全くありません。僭越ながら、行政と政治、両方の世界を経験し、双方の立場と気持ちがしみじみと分かる身として、切実に心配しています。)

岸田政調会長

「中間層の復活」

実は過去にも政治の世界で、このフレーズが使用されたことがあるのですが、私はその時からずっと疑問に思ってきました。これは、果たして国民の心に響くんだろうか?と。趣旨は分かりますが、なんというか、上から目線で、〇〇層とかに分けられたくないよ…、という気がします(しませんか?)し、最も支援を必要としている低所得者層はどうするの??等、疑問がわいてきます。それに、分断から協調へ(アメリカ大統領選のバイデン候補のフレーズでもありますね。)をうたわれますが、むしろ分断を促進させてしまうおそれもあるのではないでしょうか。

石破元防衛相

「グレートリセット」

日本語に訳すと、「すべてを切り替え新しくやり直すこと」。来年1月のダボス会議(世界経済フォーラム「WEF」)のテーマでもありますね。「世界の社会経済システムは異なる立場の人を包み込めず、環境破壊も引き起こし、持続性に乏しい。人々の幸福を中心とした経済に考え直すべき。」とはシュワブWEF会長の言ですが、石破版グレートリセットは、具体的に、日本の何をどう仕切り直すのか。そして、安定と継続を好む傾向が強い国民が、その必要性と方向性をどう受け止めるのか。「東京の抱える負荷が大きすぎるので、一極集中是正を」とのことでしたが、東京の利便性等を好んで住んでいる人も多い中、東京のためにやってあげるんだよと言われると、むしろ東京の人は賛同しにくい、言い方って大事かな、と。もちろん、地方の活性化は大切かつ急務。石破さんのライフワークの地方創生については、もっと具体策があるとよかったです。

■最後に

私的なことで大変恐縮ですが、本日、入省同期の大切な友人の葬儀に参列しました。享年47歳でした。これまで「国のために働きたい」とフル回転で走り続け、そして、海外単身赴任中に病が見つかり帰国、壮絶な闘病をしながらも、決して弱音を吐くことなく、「コロナで大変な時に休んで申し訳ない」と、気にし続けていたそうです。看病するご家族を気遣い、己の運命を悟りながらも、元気になるからね、とご家族を励まし続けました。こういう人たちが霞が関にはちゃんといる(むしろ、世で言われるような利権や賄賂や出世に汲々としてる人なんて、私は見たことありません。)ということを、知っていただければと思いました。

  ◇   ◇   ◇

今回も、お読みいただき、ありがとうございました。

◆豊田 真由子 1974年生まれ、千葉県船橋市出身。東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。ハーバード大学大学院へ国費留学、理学修士号(公衆衛生学)を取得。 医療、介護、福祉、保育、戦没者援護等、幅広い政策立案を担当し、金融庁にも出向。2009年、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官として、新型インフルエンザパンデミックにWHOとともに対処した。衆議院議員2期、文部科学大臣政務官、オリンピック・パラリンピック大臣政務官などを務めた。

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