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「六甲おろし」は「阪神タイガースの歌」じゃなかった!?本人にとっても「思い出の曲」の古関メロディー

 昭和の音楽史に残る数々の名曲を生み出した、作曲家の古関裕而さん(1909-89)。放送中のNHK連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルになり、今あらためて注目されている。古関さんが専属作曲家を務めた日本コロムビア(株)では、人気投票による古関メロディー上位30曲を集めたCDを発売。投票では1位から順に「高原列車は行く」「栄冠は君に輝く」「長崎の鐘」と続き、6位には「六甲おろし」がランクインした。阪神タイガースの球団歌で、ファンだけでなく日本中の人が知っている同曲。正式名称は「阪神タイガースの歌」で、もともとは「大阪タイガースの歌」として1936年に誕生した。

 当時の音源を聴いてみると、「オウ オウ オウ オウ 阪神タイガース♪」のところは、「オウ オウ オウ オウ 大阪タイガース♪」と歌われている。毎日のようにラジオで「六甲おろし」を聴いて育った関西育ちの記者には完全に「阪神」で刷り込まれているが…試しに自分でも歌い比べてみた。

 「オウ オウ オウ オウ はーーんしーーんタイガース♪」

 「オウ オウ オウ オウ おーおーさーかータイガース♪」

 慣れ親しんだ「阪神」の方は、溜め込んだエネルギーを「は」のところで一気に爆発させているようで、勝利の喜びに浸れるような爽快な気分。一方で「大阪」の方は、4回繰り返す「オウ」から「おおさか」に向かって、口の動きを変えないまま自然な流れで歌うことができる。そのためか、意外と違和感はない。

 もしかして、「大阪」だったからこそ「オウ オウ」の歌詞は生まれたのだろうか。ということは、もし最初から球団名が「阪神」だったら、ここの歌詞とメロディは全く別のものになっていたかも!?そんなことを考えながら両方の歌をフルコーラスで歌っているうちに、最近の自粛生活で沈んでいた気持ちもだんだんと晴れてきた。

 古関さんの故郷にある福島市古関裕而記念館の学芸員、氏家浩子さんも「阪神ファンでなくても、鼻歌で歌いたくなるような楽しい曲」だと思っていたそうだ。「試合の時に限らず、いつでもどこでも世代を超えて一緒に歌えるところは、早稲田大学の応援歌『紺碧の空』(1931年に作曲)との共通点ですね。日本各地の人が楽しく歌って踊れるような『新民謡』を多く作曲していたことも、『六甲おろし』の親しみやすいメロディーに生かされたのかもしれません」。

 作曲当時の古関さんは27歳頃で、曲がなかなか売れずに苦労していた時代だったらしい。「大阪タイガースの歌」も最初から有名だったわけではないが、1961年に球団名が変わっても「阪神タイガースの歌」として受け継がれ、いつしか「六甲おろし」の愛称で呼ばれるようになり、85年の優勝を経て、全国に知られていった。曲が誕生してから今年で84年。今ではプロ野球12球団の中で最も歴史のある球団歌になっている。

 「古関さんはこの曲がテレビから流れてくると、とても嬉しそうに聴いておられたそうです。きっと思い出の曲だったのでしょう」と氏家さん。今年のプロ野球は新型コロナの影響でしばらく無観客試合になり、残念ながらテレビで「六甲おろし」の大合唱を聴ける機会は減りそうだ。しかし、たとえ1人で歌っても気分が上がるのが古関メロディーの素晴らしさ。激動の昭和に生きる人々を励ましてきた音楽は、今の困難な状況にある私たちのことも元気付けてくれるだろう。

(まいどなニュース特約・福岡 桃)

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