猫エイズキャリアでも元気な15歳 生後6カ月で出産経験…元野良が手に入れた幸せな日々

 カフェオーナーの福井妃佐代さんが愛猫・美空ちゃんと出会ったのは、今から14年半前、2005年4月のことでした。勤めていたレストランの外にあった大きなゴミ箱の前で鳴いていたそうです。同僚から「子猫がいる。お腹をすかしているみたい」と聞いて見に行きましたが、その日はチラッとしか見ることができませんでした。

「実家に住んでいて、親が猫嫌いだったんです。ちゃんと見てしまうと飼いたくなると分かっていたので“チラ見”しかできなくて…」

 翌日も子猫は同じ場所にいました。放っておけなかった福井さんは、同僚と一緒に発泡スチロールの箱で簡易的な家を作り、ごはんもあげるように。2人にだけは懐いてくれて、足元にすり寄ってきたと言います。

 1カ月ほどたった頃でしょうか。同僚が子猫の異変に気付きます。「この子、お腹が大きいかも…」。猫の保護活動を長年行っている人に相談すると、お腹をさわって「あと2週間くらいで生まれる」と言われました。その後、美空ちゃんは病院で6匹の赤ちゃんを出産するのですが、当時はまだ乳歯が残っていて、医師の見立ては生後6カ月くらい。メス猫が性成熟を迎えるのは生後6~10か月(種類によってさらに遅い場合も)、妊娠期間は約60日とされており、美空ちゃんの正確な月齢は分かりませんが、かなり幼いときに妊娠・出産を経験したことになります。

 福井さんたちは出産後に美空ちゃんの里親探しをするつもりでした。ところが検査の結果、猫エイズキャリアと判明。猫エイズはたとえ感染していても発症するとは限りませんが、発症し症状が進行すれば、高い確率で死に至る怖い病気です。喘息もあると言われ、里親探しは難航することが予想されました。そこで、福井さんは自分で飼うことを決心。避妊・去勢手術をした地域猫などに行う“耳カット”はしないでいてもらいました。

 「最初にみぃ(美空)ちゃんのことを相談した方には、『エイズを発症したら苦しんで、つらい死に方をするかもしれない。それでも神様にお返しするまで責任を持って飼える?』と聞かれました。もちろん『はい』と即答しましたよ」

 迷いはありませんでした。ただ、問題はご両親が猫嫌いであるということ。美空ちゃんに出会って2日目、母親にそれとなく聞いてみたことがありました。「子猫が…」。でも、言葉を遮るように言われたのです。「絶対アカンよ」と。実家にいては飼えない…福井さんは美空ちゃんのために家を出る決心をします。同僚に1週間だけ預かってもらい、その間に部屋を探して引っ越し。美空ちゃんとの新しい生活が始まりました。

 あれから15年近く。福井さんはレストランやホテルでパティシエとしての腕を磨きながら独立の準備をし、兵庫・西宮市の阪急甲東園駅近くにカフェ『Ondes (オンド)』をオープン。一人で切り盛りしているため忙しい毎日ですが、家に帰って美空ちゃんの顔を見ると、疲れも吹っ飛ぶと言います。

「仕事が変わるたび、4年に1回くらいのペースで引っ越したんですけど、みぃちゃんは耐えてくれました。病院へは健康診断と爪切りと肛門腺絞りのために3か月に1度ずつ。今のところエイズも発症していないし、元気な15歳ですよ。こんなに長生きしてくれるとは思いませんでした」

 そう言いながら、膝の上の美空ちゃんをやさしくなでた福井さん。そして、こんな話を聞かせてくれました。

「そういえば、11歳のときレントゲンを撮ったら、背骨が1本少ないと分かったんです。道理で、段差の上り下りが下手だと思ってたんですよね。少しの段差でもバランスを崩してコケてたし、猫にもこんなどんくさい子がいるんやって思ってたら、背骨が1本少ないって。そりゃあ、歩きにくいですよね。ハハハ」

 最初に病院へ行ったとき、妊娠中にもかかわらず2.5キロしかなかった体重も、今では3.5キロに。猫エイズを発症させないためにはストレスフリーな生活が大切だと言われていますが、背骨が1本少ないことを深刻に受け止めるのではなく、こんな風に笑い飛ばせる明るい福井さんと一緒だから、美空ちゃんは15歳になった今も、元気でいられるのでしょう。

 もともと“犬派”だった福井さんが、ひと目見たときから「気になってしょうがなかった」という美空ちゃん。福井さんと一緒にいたくて、何か特別なオーラを出していたのかもしれません。

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