白血病治療薬、3349万円のキムリアの実力はいかほど? 再発の報告も…改善の余地あり

 1患者あたり約3349万円。それでも5000万円を超える米国を大きく下回る薬価となった。次世代のがん治療として先陣を切って承認・収載されたCAR(自家キメラ抗原受容体)-T細胞療法「キムリア」の患者一人当たりの値段である。再発あるいは難治性の急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫の一部において承認され、新たな免疫療法として期待を集めている。

 CAR-T細胞療法では患者から腫瘍免疫の主役であるT細胞を取り出し、遺伝子改変技術によりがん細胞特異的に発現している抗原と直接結合できるようにした新しいT細胞をオーダーメードで作り出す。抗原と特異的に結合する抗体部分、抗原抗体反応によりインプットされた信号を伝える部分において試行錯誤が繰り返され、理論上がん細胞のみを標的にできるのが利点である。治療は1回のみであり、他者の細胞を移植することなく、患者自身のT細胞が元来持つ機能を利用してがん細胞の細胞死を誘導する次世代の細胞療法と言える。

 本年よりポートアイランドに位置する神戸医療産業都市推進機構・細胞療法研究開発センターでは厳しい基準をクリアし、ノバルティスファーマ株式会社と連携して「キムリア」を製造していくこととなった。長年の再生医療に対する取り組みが評価された結果であり、日本そしてアジアのCAR-T製造拠点としてのこらからの活躍が楽しみである。予断を許さない病状の患者に対して、いかに迅速かつ効率的にオーダーメード医療であるCAR-T細胞を作成するか、神戸の拠点が大きな役割を担っている。 

 さて、次世代の細胞療法であるCAR-T細胞療法の効果はいかほどだろうか?例に漏れず米国を中心に複数のCAR-T細胞の臨床試験が先行し、治療抵抗性のB細胞型急性リンパ球性白血病において70%を超える寛解(がん細胞が体内から検出されなくなること)が得られ大きな話題となった。日本人患者のデータはまだ少数であるとはいえ同等の効果が得られている。しかし、2年以内に半数が再発するという報告もありCAR-T細胞だけで治癒を目指すにはまだまだ改善の余地があると言えよう。

 理論上は、従来の抗がん剤治療に比べてより特異的に正常細胞を傷つけることなく、自己のがん免疫を用いた細胞療法である。しかし、投与されたCAR-T細胞を介して急激に免疫反応が活性化することで「サイトカイン放出症候群」と考えられる呼吸不全や神経合併症といった副反応も多くの患者で報告されている。また再発例では標的としていた抗原が消失したりCAR-T細胞が「疲れて」しまう例も多く、薬剤耐性に向かうがん細胞自身の進化をどう克服するかはがん治療において永遠の課題である。CAR-T細胞療法は、より効果的なCARの設計、遺伝子導入の手法、標的抗原の探索、対象疾患の拡大、他の免疫療法との組み合わせ、他人のT細胞を用いた手法など、様々な分野で技術革新の真っ只中といえる。キムリア以外にも多数のCAR-T細胞の臨床試験が全世界で進んでおり、他の血液がんや固形腫瘍への応用が進んでいる。保険診療を取り巻く厳しい環境の中であっても、CAR-Tを中心とする細胞免疫療法はがん治療のパラダイムシフトとなりうる手法であり今後あらゆるがん患者の福音となることを期待して止まない。

◆井上大地 血液内科医、医学博士。2005年京都大学卒、神戸市立中央市民病院、東京大学医科学研究所を経て2015年より米国NYのメモリアルスロンケタリング癌センターに勤務。2019年より神戸ポートアイランドの先端医療研究センターで研究室を主宰。阪急六甲の赤坂クリニックで血液内科診療を行っている。

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