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【夜回り先生・水谷修 少数異見】裁判所が弱者救済という正義を失った日

水谷修氏は判決の不当性を強く訴えた(fizkes/stock.adobe.com)
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 「少数異見=5=」

 実の娘に性的暴行を繰り返していた父親が無罪判決を受けた。性犯罪で逮捕された男性が不起訴になるケースも続いている。教育家の水谷修氏はこの事態を踏まえ、親や教師、そして裁判所における「正義」を問うた。

   ◇  ◇

 愛知県で、娘が中学2年の頃から性的虐待を加え、拒めば暴力を振るった父親に対して、19歳時の性的暴行について訴えられた裁判で、心理的に抵抗できない状態だったとは認められないという理由で無罪判決が下されました。酷い判決です。

 私の元には、研究所の相談窓口を2004年2月に開設して以来、年に十数件、中学校、高等学校、大学の教員から性的行為を強要された女性、学生、また親からの性的行為を強要された女性たちからの相談があります。

 教員による事案で、相談してきた女性が、18歳未満または高校3年生までの場合は、本人を説得し、警察に相談させ、それと同時に、私の方では、まずは親に事情を話し理解を受けた上で、該当の学校に事情報告し、相手が教員の場合は、すぐにその教員を現場から離脱させ、そして、その保護をお願いするとともに、司法とは別に厳しい処分を求めます。親による事案の場合は、警察に通報すると同時に、その地域の児童相談所に通報し、速やかに保護し、警察と連携して、児童虐待防止法の下に解決に当たることを要請します。

 実は、私が一番苦労するのは、まさに今回の事件のような、18歳、19歳の、または18歳、19歳時の教員や親からの性的暴行です。本人を説得し、警察に訴えさせても、まずは検察で、それを何とか乗り越えても裁判で、今回のように、「合意があったか、なかったか」、あるいは「抵抗することや逃げることができたか、できなかったか」が争点になり、不起訴や無罪という哀しい思いをしたことが何度もあります。

 生徒や子どもたちにとって、教員は、「拒めば単位をもらえなくなる」、「受け入れなければ学校にいづらくなる」などの支配的存在です。親は、「拒めば、生活できなくなる、学校に行けなくなる」、「拒めば暴力を振るわれる」などの支配的な存在です。このような支配関係の中での弱者の、精一杯の訴えを、ただ単に現行の法律に基づいて、淡々と審理し、そして罪状を決めることには怒りさえ感じます。生活や日常を、権威や恐怖で支配されている人に、「なぜ、抵抗しなかった」と問うことには、人間性の欠片さえ感じません。

 ましてや、今回のケースは、中学校2年次からの性的虐待については、事実として認めています。裁判官は、この女性が、どれだけの勇気と思いで訴えたかを考える温かさはなかったのでしょうか。

 裁判官の仕事は、正義を守ることです。その正義は、まさに法的弱者を救済することにあると私は考えます。検察が、高等裁判所に控訴したことは、当然のことです。次の高等裁判所で、弱者救済という法の下の正義による判断が下されることを切望します。

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