米寿を迎えた横浜の無人駅「国道」爆撃跡や『昭和82年』の表記…昭和と戦争の記憶

国道駅下のトンネル。真昼でも薄暗く、時間の止まった空間だが、右手前に唯一営業している居酒屋がある
国道駅の外壁に残された米軍による機銃掃射の痕跡
無人駅「国道」の改札
3枚

 2018年の住みたい街ランキング1位(関東圏)となった横浜市。日本の市町村で最多となる人口373万人の大都市だが、この懐の深い街には今も昭和の遺産が残る。その一つがJR鶴見線の無人駅「国道(こくどう)」だ。駅名は鶴見線と交わる京浜国道(現・国道15号線)に由来し、幕末の「生麦事件」で知られる生麦にある。GWを前に、時間の止まった穴場スポットをご紹介しよう。

 “飲んべえアイドル”として酒場情報を発信している今野亜美は「黒澤明監督の映画『野良犬』のロケ地と言われる国道駅の下に1軒だけ『国道下』という居酒屋があるんです。ノスタルジーを超えた廃墟みたいなところです」と解説する。起点となる鶴見駅から1駅、細長くカーブしたプラットホームの国道駅にたどり着いた。

 階段を降り、ICカードで無人の自動改札を出ると、昼なお暗いトンネルの入口付近だ。端から端までゆっくり歩いて101歩。全長90メートル弱か。高さ8メートルほどの天井には昭和初期のモダン建築を思わせるアーチが10個。1930(昭和5)年に鶴見臨港鉄道の駅として開業し、戦時中の1943年に国有化された歴史を感じさせた。

 トンネル内には飲食店や釣り宿の看板も残り、開かずの扉を数えると16カ所。その中の一つ、アルミ製のドア右上に貼られた「土地(高架下)使用票」を見ると「用途 住宅」とあり、契約期間として「昭和62年4月1日から昭和82年3月31日まで」と書かれていた。平成が来年で終わる今なお「昭和82年」…。このエリアが「昭和」のまま放置されてきたことを物語った。

 唯一営業する居酒屋「国道下」に午後4時頃のオープンを待って入った。「店を始めたのは40年前。昔はにぎやかだったですよ」と店主の今橋さん。奥さんは「開店当時は国道駅にも売店があったりして、無人駅ではなかったのよ。その頃から人通りはそんなに多くなかったわね」と証言する。だが、12席の小さな店は今も地元の常連客で一杯だった。

 トンネルの外に出た。ネットで覆われた外壁の一角に直径2~5センチくらいの穴が20個以上。1945年5月29日、8000~1万人が亡くなったとされる横浜大空襲で、米軍が無差別爆撃した際の機銃掃射の痕跡だ。多くの庶民が命を絶たれた過去を糊塗(こと)せず、73年後の今も、傷をさらけ出している。

 今後、改築などの計画はあるのか。JR東日本横浜支社に確認すると「今のところ、そういう計画等は出ていません」とのこと。“米寿”を迎えた無人駅。昭和と戦争の記憶を後世に伝えていく。(デイリースポーツ・北村泰介)

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