赤井英和が散った全国屈指の大学アリーナ

 近畿大学記念会館の正面入り口
 3413席を誇る近畿大学記念会館の館内
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 日々新たなドラマが生まれるスポーツ界において、普段のニュースでは取りあげられない大会や、選手の練習に使用されているアリーナ、スタジアムがある。日本のスポーツを下支えしている舞台に注目する企画は今回、近畿大学記念会館(大阪府東大阪市)をピックアップした。

 1万2000人。超満員のアリーナがため息に包まれた。1983年7月7日、ボクシング世界WBCジュニア・ウエルター級タイトルマッチ。挑戦者“浪速のロッキー”赤井英和がマットに沈んだ。7回1分過ぎ、王者ブルース・カリー(米国)の右ストレート、左ジャブの連打を浴びた。仰向けに崩れ、セコンドからタオルを投入された。7回1分11秒、壮絶なTKO負けだった。

 当時23歳だった赤井は大阪市西成区出身。今宮中、浪速高時代はケンカで無敵を誇り、ボクシングではインターハイを制覇。近畿大学在学中にプロ転向後、野性味あふれる端正な顔立ちと抜群のコメント力、デビュー12連続KOの日本記録(当時)を樹立した実力で人気を集めた。

 世界戦の前日会見では「ずばり7回でKOだ」と豪語。七夕の試合日と掛けて「ラッキーセブンのフィーバー宣言」と記事がおどった。現実は予告ラウンドにTKO負け。試合後、無念さを口にする一方、「オフクロは泣いているだろうな。かわいそうに」とポツリ。自宅に1人残り、テレビ中継も見ず仏壇に手を合わせ続けた母親を気遣った。

 赤井が母校に錦を飾り、1万2000人を熱狂させた舞台、近畿大学記念会館は、現在も当時と大きく姿を変えることなく利用されている。入学式や卒業式などの行事のほかに、関西学生などアマチュアスポーツを主に、バスケットボールやバレーボール、剣道やアーチェリーなどの大会が開催されている。

 全国の大学施設の中で、バレーボールコートを4面張れる2400平方メートル(40m×60m)のフロア面積もトップクラスだが、観客席の規模は群を抜いている。3、4階に設置された固定座席数は3413。大相撲春場所が開催される大阪府立体育会館の同3131を上回っている。

 記念会館を取り巻く状況は変わりつつある。近畿大学は2015年4月、東京五輪への選手輩出とメダル獲得、関西の大学スポーツ活性を目指すスポーツ振興センターを設置した。今年4月には米スポーツ用品大手アンダーアーマーの日本総代理店ドームと提携。クラブの新ユニホームやロゴなどを発表する計画が進んでおり、大学クラブのブランド力向上、グッズ販売や入場料などによる収益増を目指している。将来的には米大学スポーツ、NCAAをモデルにしたスポーツ事業の発展を見据えている。抜群の収容能力を誇る記念開館の存在感は高まっていくことだろう。

 赤井は現役引退後、俳優やタレントとして活躍を続けている。赤井が散った近畿大学記念会館もまた、役割を担い続けている。(デイリースポーツ・山本鋼平)

【近畿大学記念会館アラカルト】

所在地 大阪府東大阪市新小阪3-4

開館 1971年

構造 鉄筋コンクリート造4階建

建築面積 7644平方メートル

フロア面積 2400平方メートル(40m×60m)

固定座席 3413席

利用種目 バレーボール4面、バスケットボール3面、バドミントン10面、卓球20台、柔道、剣道、ボクシングなど

他の大規模興行 1973年3月3日、日本プロレス吉村道明の引退興行が行われた。観衆10000人。

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