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武藤と橋本の離脱はアリストトリストの影響?

 今回は自分とともに闘魂三銃士と呼ばれた橋本真也選手と武藤敬司さんの新日本プロレス離脱について話そう。橋本選手は00年11月にZERO-ONEを設立し、武藤さんは02年1月に全日本プロレスに移籍した。2人の行動には、99年12月に自分がファッションブランドのアリストトリストを立ち上げたことが影響したんじゃないかと思っている。

 プロレスラーの契約には試合と物販の2つがあって、自分は試合は新日本、物販はアリストトリストという契約をした。それが独立的に見えたのかもしれない。それまで現役選手が自分で店を持って、そういう契約をするのはなかったこと。会社とケンカをして出ていくか、そのポジションを取るか。でも、自分はケンカをせずにうまく提携することができた。

 小川選手との抗争に敗れて引退し、新日本での復帰がかなわず独立した橋本選手も同じような形を考えていたと思う。最初、ZERO-ONEは新日本内の別リーグという構想だったはず。それが、スポンサーの取り合いでもめたりして結局離れることになった。要求も多すぎた。もう少し時間をかけて上手にやればよかったのに、またやり方を間違えてるなと思ったよ。

 武藤さんについては、自分は会社を引っ張ってもらいたいと思っていた。橋本選手でもいいけど、まず自分ではない。普通に見れば武藤さんが次のエース。でも、武藤さんには武藤さんのキャラクターがあるのに、周りが“アントニオ猪木の新日本”というのを押しつけてしまう。武藤さんはそれが面倒くさくて出て行ってしまったんだろう。

 全日本移籍は、その少し前に天山広吉選手から「全日本に誘われてるんですけど」という電話があったりして、なんとなく耳には入っていた。ただ、驚いたのは、事務所のスタッフも含めて大勢出て行ったこと。一緒に仕事をしていたのに、ずっと黙って、だまして…それはないだろと思ったよ。それに、向こうのグッズを見たら、こっちのアイデアをパクっていた。ユニットの作り方もパクり。でも、オリジナル性がないから長続きしなかったね。(プロレスラー)

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