プロレス 西村修さん通夜 蝶野正洋「新弟子の時は残れないと」「石原裕次郎が好き」 征矢学「女性の口説き方まで…」多くの関係者が故人しのぶ
2月28日にがんのため53歳で亡くなったプロレスラーの西村修さんの通夜が7日、東京都文京区の護国寺でしめやかに営まれた。多くのプロレス関係者をはじめ、約1000人の参列者が故人を悼んだ。主なコメントは次の通り。
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蝶野正洋(61)「去年くらいから会おうという連絡はしていたが、結局会わずじまいで、ちょっとそこは悔いが残る。新弟子で入ってきたときは(線が細く)、第三世代(天山広吉、小島聡、永田裕志、中西学ら)の中では残れないだろうなって(思っていた)。キツかったと思うが、それを乗り越えて、彼は魂があって、さらに病気(新日本所属時にがんを克服)とも戦って。ずっと戦っていたイメージしかない。本当にお疲れ様だよね。最後まで頑張ったって。(西村さんは)自分のスタイル、考え方があって、周りがどうのではなかった。例えば石原裕次郎が好きだとか、いろいろこだわりがすごくあって。社交的で、文京区の区議会議員とか、社会活動も積極的にやっていた。なんか去年の吉江(豊)にしても(後輩が亡くなってつらい)。さっきお子さんも初めてお会いしたけど(まだ)小さいので、そこだけは本人も悔いが残ってると思うんですよね。でも上から見守ってくれていると思います」
藤波辰爾(71)「(頭が)全く真っ白で…(目に涙を浮かべ、数十秒間、絶句)。本当にお疲れさんって、手を合わせた。自分の中でいろんなものが(あふれてきて)、さっき顔を見たけど、彼、俺に何も問いかけてくれなかったな。(かつて師弟関係で、確執のため約18年絶縁関係にあったが)もっとこう(病状が酷く)なる前に会いたかったね。お互い性格がどこか似ていて、ちょっとつまらない意地を張ってね。胸に(わだかまりがあって)スッキリしない部分があったでしょうけど。だから、(確執について)もういいよ。もう何も思ってない。色んな思い出がある。彼は人とのふれ合いが大好きで、寂しがり屋だった。本当にゆっくり休んでくれと。無我を背負って旅立った」
征矢学(40)「(かつての師匠で)プロレスデビュー前からつながりがあるので、今僕がこうやってプロレスをやってこられているのも西村さんのおかげ。(最後に会ったのは)正月の集まり。西村さんは人が集まってワイワイするのが好きなので定期的にやっていて、お正月に会ったのが最後だった。お酒が大好きな方だったが、お酒を断ってお茶を飲んでいて、『私は(リングに)必ず戻ってきますから』と。それを見ちゃうと、戦っているっていうのはすごく伝わってきた。西村さんと僕は真逆のスタイルだが、僕の中に根本的にあるのは無我だなと思う。技うんぬんより、魂は西村さんから教えてもらったことが財産。リング上でもリング外でも、プロである以上はちゃんとしなさいと。プロレス以外では食事、お酒の飲み方、言ってしまえば女性の口説き方まで。人生の全てのことを教えてもらった。(一番の思い出は)千葉の道場を西村さんが借りていて、僕はデビュー前から1人で泊まって西村さんの言ったメニューをやっていて、時間が合ったら見に来て指導してもらったっていうのが僕のプロレスのスタートなので印象に残っている」
◆主な参列者 藤波辰爾、蝶野正洋、佐々木健介、北斗晶、藤田和之、秋山準、丸藤正道、諏訪魔、征矢学、大仁田厚、ジョー・マレンコ、鷹木信悟、ヨシタツ、高木三四郎(以上プロレスラー)、和田京平(レフェリー)、竹村尊氏(プロレスラー・政治家)、田中康夫(作家)=順不同、敬称略
