1983年5月3日。藤田は通算2000安打を達成した。後楽園球場で行われたデーゲームの巨人戦。九回に左腕投手、角三男(現・盈男)の内角直球を左へ流し打った。軽く弧を描く技ありのヒットだった。
王貞治助監督に「おめでとう」と祝福の言葉をかけてもらい、花束を手渡された。試合後、球場内のレストランで村山実から「昭和の名球会ジャケット」を贈られると、ようやく「俺もその一員になったのか」と大きな偉業を成し遂げたことを実感した。

1983年5月3日。藤田は通算2000安打を達成した。後楽園球場で行われたデーゲームの巨人戦。九回に左腕投手、角三男(現・盈男)の内角直球を左へ流し打った。軽く弧を描く技ありのヒットだった。
王貞治助監督に「おめでとう」と祝福の言葉をかけてもらい、花束を手渡された。試合後、球場内のレストランで村山実から「昭和の名球会ジャケット」を贈られると、ようやく「俺もその一員になったのか」と大きな偉業を成し遂げたことを実感した。

宮田匡二
1983年、デイリースポーツ入社。プロ野球担当記者として南海、広島、大洋、巨人、阪神担当を歴任。その後は芸能デスク、野球デスク、報道部長、編集局長などを務め、2023年からはフリーランスのライターとして連載などを執筆している。最近の楽しみはゴルフと孫の相手。ボケ防止のため麻雀を再開した。