藤田が30歳に差し掛かろうとしていたころ、阪神とヤクルトとの間で浅野啓司投手との交換トレードが進行していた。吉田義男監督と広岡達朗監督の思惑が一致したのだろう。しかし、成立寸前で消滅したという。

 「俺を欲しいということやったみたいやけど、田中(隆造=たかぞう)オーナーが止めたんや。江夏、田淵に続いて〝またか〟となってね」