神奈川県立湘南高校は、偏差値70超の進学校でありながら、夏の甲子園で全国制覇も成し遂げた名門だ。東大からプロ野球の世界へ進み、引退後は司法試験に一発合格した異色の歩みで注目を集めるOB・宮台康平氏へのインタビューなどを通じて、湘南野球部に息づく文武両道の源流を特別連載でたどる。著者は『偏差値70の甲子園 僕たちは文武両道で東大も目指す』(集英社文庫)で全国の進学校野球部を徹底取材した松永多佳倫氏。当時の取材メモもひもときながら、名門たるゆえんに迫る。(一部敬称略)

 湘南といえば…

 “湘南”という響きだけでサザンのメロディーを思い出し、サーファーでもないのにサーファー気分になってしまうのは勘違いというより、きっとおめでたいからだろう。別に悪いことでもなく、むしろ大いに結構なことだ。夢想は発明の根源であり、人類の進化に置いて重要なファクターだ。

 そもそも湘南とは、神奈川県相模湾沿岸を指す名称であるが、地元の人に言わせれば片瀬海岸、鵠沼海岸、江ノ島辺りのことを指すだけとも言われる。

 “湘南”と聞いて『湘南爆走族』が思い出されるのは50代以上の層。『少年キング』(少年画報社)で1982〜89年まで連載していたヤンキー漫画であり、87年には映画化され、江口洋介、織田裕二のデビュー作でもある。40代以上であれば少年マガジンで連載していた『湘南純愛組!』(講談社)ではないか。その続編が『GTO』(現在フジ系列でドラマ放映中)と言えばお分かりになるだろう。

人を魅了する空気が蔓延する湘南

 湘南を舞台にした文学、映画、ドラマ、歌詞は山ほどある。湘南と聞いて、夏目漱石の『こころ』、石原慎太郎の『太陽の季節』をすぐに思い出せなかったところに、知性が垣間見えてしまう。とにかく湘南という地域はただロケ地に最適だというわけではなく、人を魅了する空気が蔓延していることだけは確かである。

  小田急線藤沢本町から国道43号線の“湘南高校入口”を左折し、しばらく歩くと、左手に湘南高校の入り口が見える。少し急勾配の坂を登っていくのだが、左を見ると整備されたグラウンドが見え、俯瞰で隅々まで見渡せ非常に壮観である。80メートルあたりの坂を登り切ると近代的な校舎がパッっと目に入る。瀟酒というか荘厳というか、纏っている空気が肌を通じて感じられた。

 湘南高校は、1921年(大正10年)、六番目の旧制中学校として開校。48年(昭和23年)、学制改革により神奈川県立湘南高校と改称する。開校の起源を辿ると、湘南地方には海軍高級士官の子弟が多いことから開校された由緒ある名門中の名門なのだ。

伝統と気品

 校門を潜って緩い坂をしばらく登っていくと斜め右あたりに、2012年3月1億円以上の募金により建立された「湘南高校歴史館」が見える。内観は白とクリーム色を基調とし、学校の歴史、OBの成果、さらに生徒の視聴覚室的な役割を持つルームもあるなど、伝統と気品を感じさせる造りになっている。

 掲示板には、大きな木に見立て分野ごとに色分けされたOBの名前が列記されており、見覚えがある御歴々の方たちばかり。13年半にわたり東京都知事を務めた石原慎太郎、2010年ノーベル化学賞を受賞した根岸英一、森ビルの創設者森稔、女性キャスターの草分け的存在の宮崎緑などなど、書き出したらきりがないほど各界で多大な功績を残すOB、OG。

  感嘆の声を漏らす暇も無く振り返ると、ガラスケースに御身大切に保管されている優勝旗とレリーフが嫌でも目に入る。

湘南高校の全国制覇をたたえるモニュメント
湘南高校の全国制覇をたたえるモニュメント

 “栄冠は湘南に輝く−全国優勝の記録−”というタイトルコーナーに目を凝らすと、サッカー部が46年、戦後初めての全国大会でもある第一回全国国民体育大会で優勝、そして野球部が49年全国高等学校選手権に優勝、甲子園優勝旗のレプリカとレリーフ、サッカーの優勝カップが燦然と飾ってある。サッカー部は国体で優勝、野球部が夏の甲子園で優勝と二大花形運動部が全国制覇、さらに偏差値70以上で毎年東大合格者を40人近く輩出している高校といえば、4000校以上もある日本を見渡しても湘南高校ただ一校だけである。

火災で教員たちが持ち出した…

 余談だが、1958年(昭和33年)2月下旬に大規模な火災が発生し、本舎本館、柔道部、運動部部室、文化部部室等焼失し、本舎本館にいたっては全焼。その際、教員たちはなによりも甲子園優勝旗をいち早く持ち出すことに必死だったという。今年で夏の甲子園は108回大会だが、複数優勝回数を含めても70校しか夏の優勝旗を持って帰っていないのだから、どれほどの価値があるかは言わんとしても分かるだろう。

 そんな伝統ある超進学校の湘南野球部の練習方法とは? 地頭がいい選手たちの意識とモチーベーションはいかなるものなのか、はたして勉強との両立はどのようにしているのか? 

 ここにこそ高校野球の本懐である文武両道の真髄が隠されている気がしてならない。

 その伝統ある湘南野球部OBのなかでもダントツの異彩を放つ者がいる。

 宮台康平。

 湘南高校から東大に進学し、2017年日本ハムにドラフト7位に指名され入団。しかしながら芽が出ずに22年引退。その3年後に司法試験を一発合格し、現在は司法修習中。華麗なる経歴どころか、もはや偉業のなせる業である。とにかく、彼に会うことがまず先決だと思った。(つづく)

湘南高校硬式野球部 1949年の第31回全国高校野球選手権大会に初出場し、初優勝を飾った。脇村春夫(第5代日本高野連会長)が三塁、佐々木信也(元プロ野球高橋、大映、大毎)が左翼を守った。51年、54年には選抜大会出場を果たす。勉強・部活・行事の「三兎を追う」という校風の中、2010年以降の野球部卒業生204人のうち113人が国公立大に入り、東大には15人が進んだ。川村靖監督の下、神奈川大会では13年春にベスト8入りし、15、16、23年夏にはベスト16まで勝ち進んだ。今夏は初戦敗退。新チームは2年生9人、1年生9人、マネジャー2人の計20人。