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「加藤貴子さんはお気の毒でした…」ある医師から見た“ひどい対応”

加藤貴子
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 「町医者の独り言=37=」

 先日、ネットで話題になっていた女優の加藤貴子さんのブログを拝見しました。にわかに信じがたい内容でした。加藤さんのお父様が癌(がん)になった時、総合病院の外科医に余命3カ月をめんどくさそうに宣告されたとか。ここまでは、個人の感情や受け取り方の違いもあるかもしれませんが、セカンドオピニオンのための資料を申請すると理由なく却下されたとありました。これは今の医師として、あまりにも残念な対応です。

 そこまでくると、めんどくさそうに余命宣告したのもその通りでは、と思えてしまいます。加藤さんは本当にお気の毒だったと思います。なぜ、このように他人の気持ちや状況が分からない人が医師になるのでしょう…。極論すると医師、患者というのは、強者・弱者の関係にあるので、我々医師はそのことを肝に銘じて日々の診療に携わるべきだと私は思うのです。

 私の娘が大学受験する際、学校の見学、聴講に行ったときに、その医学部の若い方から貴重な言葉を頂いたそうです。「君たちは偏差値が高いというだけで、この学校、学部を目指して入学してもらっては困る。医師という人間になるための高い志を持ち、人間性を磨いて入学してきなさい」という内容です。伝え聞いた私は、襟を正しました。20代前半でもしっかりした信念を持つ若者もいれば、上記の外科医のような人もいる。同じ医師でも悲しいぐらいに違います。

 ただ、残念ながら偏差値重視で医学部を受験するという傾向は昔からあり、私が好きな医師であり作家である南木桂士氏の作品にも偏差値が高いから医学部に行くという内容の記載がありました。

 自分でいうのも何なのですが、医師はやりがいのある立派な職業だと思います。しかし、必要以上の尊敬やあこがれを受け、勘違いしてしまっている医師がいることも確かです。現役で行けば24歳から「先生、先生」と患者さんや世間の人から呼ばれます。かつ、同業でお互いに「先生」と呼び合ったりするものだから、さらに“勘違い”してしまいがちです。

 常に謙虚でありなさい。私の人生の師匠である宇城憲治先生のお言葉です。本来、命に直接たずさわる我々医師はこの言葉を心に持ち、仕事しなければならないはずなんです。どんなに研鑽(けんさん)を積んでも完璧な人などいないのですから。

 また、私の好きな言葉に「惻隠(そくいん)の情」というがものあります。数学者であり作家である藤原正彦氏がよく使われる言葉です。簡単に説明すると相手を思いやる気持ちです。この気持ちを持って我々、日本人は生きなければならないと講演で強く訴えられ、私は感動しました。

 総合病院の管理職、また私のような町医者は人から注意、指導を受ける機会が非常に少なくなります。それは医師だけではなく、社会人一般に当てはまるのではないでしょうか。気が付かないうちに、うぬぼれ、ごう慢で自分が満たされないように、謙虚、惻隠の情を大切に日々過ごさなければいけない。加藤さんのお話をうかがって、改めてそう思いました。

 ◆筆者プロフィール 谷光利昭(たにみつ・としあき)たにみつ内科院長。93年大阪医科大卒、外科医として三井記念病院、栃木県立がんセンターなどで勤務。06年に兵庫県伊丹市で「たにみつ内科」を開院。地域のホームドクターとして奮闘中。

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