【野球】元阪神・奥村武博氏 NPB出身で初の公認会計士 新人研修では「しくじり先生」浪費で定期預金解約の過去告白
プロ野球出身者で初の公認会計士として活躍する人がいる。元阪神投手の奥村武博さん(46)。高校卒業後に入ったプロ野球の世界では思うような結果を残せず、現役生活は4年で終わったが、紆余曲折を経て超難関の公認会計士試験に挑むことを決意。およそ9年をかけて34歳で合格を勝ち取った。異色の経歴を持つ奥村さんに波乱に満ちた人生について聞いた。
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すらりとした188センチの体躯にスーツがよく似合う。都心のウオーターフロントにあるオフィスビルで出迎えてくれた奥村さんは、根っからのビジネスマンといった雰囲気を漂わせていた。
多くの肩書を持っている。自ら立ち上げたアスリートのキャリア支援や教育事業を行う会社の代表取締役、公認会計士・税理士事務所の所長、大学の客員教授などに加え、昨年6月からは新たにデジタルトランスフォーメーション(DX)の現場支援を行う会社の社外取締役にも就任。多忙な日々に拍車がかかっている。
「週4日ぐらいはこちらの業務をやりつつ、夜の時間に会計士、税理士の仕事をやったり、自分の別の仕事をやったりしていますね。時間の自由は利きやすいですし、趣味=仕事みたいなところがあるので、苦にならなくて、仕事をやってる時の方が楽しいという感覚があります」
その仕事ぶりは広く認められ、引退を機に離れていたプロ野球界との縁も再びつながっている。日本プロ野球OBクラブ(全国野球振興会)では監事を務めているが、同クラブの理事長は現役時代に投手コーチだった八木沢荘六氏。「すごいご縁だなと。当時、いろいろ教えてもらった投手コーチを監事として監査するのも不思議ですよね」とほほ笑む。
2022年12月からは古巣の阪神でプロ1年目を終えた選手を対象とした研修の講師も務める。異色の経歴を持つ球団OBの公認会計士を推薦してくれたのは阪神の1期下で当時球団本部特別補佐の藤川球児監督だった。
新人選手の研修テーマは、2月半ばから3月半ばが申告期間となる確定申告に向けた話だが、「堅い話をとうとうとしても仕方ないので、しくじり先生じゃないですけど、現役時代の赤裸々な失敗体験を伝えてます。できるだけ記憶に残してもらいやすいように意識してやってますね」
披露しているのは現役時代に浪費や遊ぶお金ほしさに定期預金を解約した自身の過去。
「親に言われて堅実に定期預金をやってたんですけど、全部使っちゃったんです。お金使いが荒かったですね。先輩が出してくれたりするので自分のキャパ以上の感覚を覚えたり、金銭感覚がズレてました。今の知識があればもうちょっとやりようがあったというか、もらったお金をどう運用するのかとかありますよね」
会計・税務の専門家として辣腕(らつわん)を振るう奥村さんだが、現役当時から金銭管理ができていたわけではない。やんちゃ時代の実体験に基づいた話は、説得力をもって選手の耳に届いている。
「超有名な選手が行くのと、自分が行くのではネームバリューは全然違うんでしょうけど、おそらく自分の方が(選手に)寄り添った話はできるという気はするので、そこは自分の価値かなと思っています」
そう冷静に分析して続けた。
「現役時代に何の成績も残せなかった自分が、今こういう形で関われていること自体がものすごく自分の中で価値があるというか。現役時代に成績が出なかったことが今となっては良かったなと思っています」
高校を卒業後、飛び込んだプロ野球の世界は4年という短い年数で終わったが、それが逆に奥村さんの強みにつながっていった。(デイリースポーツ・若林みどり)
◇奥村武博(おくむら・たけひろ)1979年7月17日生まれ。岐阜県出身。97年度のドラフト6位で阪神入り。同期は中谷仁、井川慶、坪井智哉ら。1軍登板なしで2001年に現役を引退。02年は阪神の打撃投手を務めた。飲食業を経て、13年に元プロ野球選手として初めて公認会計士の資格を取得。株式会社メンバーズの社外取締役、関西大学客員教授、株式会社スポカチ代表取締役、一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構の代表理事、日本障がい者サッカー連盟、日本プロ野球OBクラブの監事などを務める。
