【スポーツ】53歳・葛西紀明 ジャンプ界のレジェンドの変化とは 目標はズバリ「不老不飛」 金メダルを渇望していた過去
ノルディックスキー・ジャンプ男子で、1992年アルベールビル大会から2018年平昌大会まで8大会連続五輪出場を果たした葛西紀明(土屋ホーム)は、かねて五輪の金メダル獲得をモチベーションにしてきたが、53歳を迎えた今、その気持ちが変わってきたという。ジャンプ界のレジェンドの変化とは。
競技に打ち込む原動力が変化してきた。10月25日、横浜市内のショッピングセンターで行われたZAMSTのイベント。設置された会場に加えて、吹き抜けの2階にも集まった大勢のファンにモチベーション維持の方法を問われた葛西は、こう語った。
「五輪で金メダルを取りたい気持ちでずっとやってきたけど、今のところ銀と銅。もちろん金はほしいけど、たくさんの方に応援されて声をかけられて『50歳を超えてもすごいですね』と言われると、かなりモチベーションが上がる。今は金というよりこっちかな」
友人の誘いをきっかけに小学3年からジャンプを始め、競技歴は40年を超えた。アルベールビル大会で五輪に初出場し、平成開催の冬季五輪8大会に全て出場。41歳で迎えた2014年ソチ五輪ではラージヒルで銀メダル、団体で銅メダルを獲得した。
ただ頂点には届いておらず、日の丸飛行隊で注目を集めた98年長野五輪は、けがの影響で団体メンバー外。目の前で仲間が五輪王者になる瞬間を見ただけに「辞めたいと思ったことは一度もない」と、金メダルを渇望してきた。
しかし時代が流れ、自然とレジェンドと呼ばれるようになってからは、応援者が増え、試合会場はもちろん、空港や電車、街中でも声を多くかけられるようになった。「それが本当にうれしい」。人のために飛び続けることが、競技を長く続ける燃料になっていることに気付いたという。
年齢とともに工夫もしてきた。「落ちる競技」と表現するように、減量が重要な種目。サウナスーツを着た4キロのランニングを日課に、食事にも気を配る。「若いときは食べてトレーニングをしたら体重が落ちて、30~40代は3日間の断食をして3キロぐらい落とした。でも50代は断食すると、なぜか筋肉が痛くなって(体重は)減らない。だから今は少し食べて、長い期間で減量する」。レジェンドと呼ばれる裏には、体と対話し続けてきた見えない努力がある。
これから本格化する五輪シーズン。自身が持つ最多記録を更新する9度目の五輪を狙う。2日の全日本選手権で4位に入り、W杯下部のコンチネンタル杯代表入りは確実。そこで上位に入ってW杯に昇格して好成績を残すことで、夢舞台につながっていく。とてつもなく険しい道だが「コンチネンタル杯で総合3位に入ればW杯に出られる。そこを狙っていきたい」と話す口調から自信が漂う。
イベントで目標を問われた葛西は、漢字4文字で『不老不飛』と宣言した。「永遠に若く、永遠に飛び続ける。一つ言うならサッカーのカズさんがまだ頑張っているんで、それまでやろうかな」。たとえこの先どんな結果が待ち受けていてもレジェンドは4年後も、8年後も飛び続けるに違いない。
◇葛西 紀明(かさい・のりあき)1972年6月6日、北海道下川町出身。10歳でジャンプを始め、88年に当時史上最年少でW杯(札幌大会)に出場した。五輪に19歳で初めて出場した92年アルベールビル大会から、2018年平昌五輪まで冬季五輪最多の8大会連続出場。W杯優勝は17回で、最年長優勝(42歳5カ月)、最年長表彰台(44歳9カ月)、個人最多出場回数(579回)の記録を保持する。家族は妻と娘。177センチ、59キロ。

